四つの願い

 昔、ある村にネズミが逃げ出すほどの貧乏な但行という若者と両親が住んでいた。ある時、両親が重い病気になったが医者も呼べないまま死んでしまった。但行は死んだ両親の体にすがって泣いたが天の佑けも地の霊験も現れなかった。祖母は涙を拭きながら「但行、もう泣くのはお止め、体を毀すよ」と慰め、祖父は「但行泣くな、死人は泣いても生き返るわけではない、それより金を溜め、嫁を貰え」と諭した。但行は“祖父母の言うとおりだ、一日中泣いても父母が生き返るわけではない、俺はまだ独り者で体も丈夫、賭事もしたことはない、これから飲まず食わずに働けばいいこともあるだろう”と思い直し、村人たちの助けをかりて父と母を埋葬した。

  父と母の死後、但行は地主の作男として一年中働いたがやっぱり貧乏で、三十になってもまだ結婚できなかった。「いったい何時まで辛抱すればいいのか」と人にこぼしても誰も首をふるばかり、但行は“人に分からない事は神か仏に聞くしかない、そうだ、神か仏に聞こう”だが何処へ行けばいいか分からない、するとある人が「人の苦しみは南の観音菩薩が救ってくれる」と教えてくれた。

 翌日、但行は小さな包みを背負い夜明け前に村を出ると真っ直ぐ南に向かった。金がないから飯を貰って食べ、夜は門の下を借りて寝た。こうしていくつ山を越えたか分からないほど歩き、足の血豆は厚く固いタコになった。でも但行はただ一つ観音菩薩に会うことだけを念じて歩いた。

 ある晩、但行は宿を求めてある家の門を叩いた、すると老婆が「何か用ですか」と出てきた、「私は南の観音菩薩に会いに行く者です、どうか一夜の宿をお願いします」と言うと、老婆は但行を心のいい若者とみたのか「はい、はい、誰も旅には家を背負い、鍋を担いでは行けません。この家はあたしと孫娘の二人だけ、お入りなさい」と言ってくれた。
 「それは、それは有り難うございます」 「なに、なに、誰でも旅に出ればお互いさまです」そう言われて但行は老婆について家に入った「お婆さん、私は軒先でいいんです」すると老婆は「でもあんたお腹が空いているでしょう、寝るのは食べてからにしなさいな」と言って、大きな椀に山盛りの飯、それに饅頭二つ、漬け物、赤味噌と葱を出してくれた。但行がお腹一杯に食べ終わると、老婆は但行に「あんた、観音さまに会ったらあたしの願いを一つ、観音さまに聞いて貰えないかね」と言った。
 「いいですよ、何が聞きたいのですか」と但行が聞くと、老婆はやるせない声で「あたしの孫娘は今年十八、何でもわかる賢い娘なのにどうしたわけか口がきけない、何時になったら話せるようになるのか、あんたあたしに代わって観音さまに聞いて貰えないかね」 「わかりました、きっと聞いて帰りに寄ります」と但行は答えた。

 翌日、但行は朝早くお婆さんがお腹が空いたら食べなさいとくれた焼き餅を持って、また歩き続け小さな村に着いた。但行は金持ちの家より貧乏人の家がいいと、小さな土の家の戸を叩くと“カタッ”と音がして老人が出て来た。「旅の者ですが宿をお借りしたいのです」と丁寧に言うと老人は「入りなさい」と言った。但行が家に入ると老人は「あんた何処へ行くのかね」と聞いた、「私は南の観音菩薩に会いに行くのです」 「観音菩薩?其処はどのくらい遠いのかね」 「どのくらい遠いのか分かりません、でも私はどうしても観音菩薩に会わなければならないのです」老人は但行の強い決意を聞くと「あんた、観音菩薩に会ったら聞いて貰いたい、わしらの村には井戸がなく、水は二十里先まで汲みに行き、桶一杯にして担いで帰っても水は半分になり、クタクタに疲れてしまう。だからこの村では水は油と同じに貴重なのだ。そこで観音菩薩にどうしたらこの村に井戸が出来るか聞いて貰いたいのだ」但行は「分かりました」と答えた。

 夜が明けて但行はまた南へどんどん歩いた。すると前の方に霧がかかった大河がある、だが舟がない、どうしようと思っていると、岸辺に一丈もある大波がたち、波の間に金色の鱗が光った、但行が目を凝らして見ていると、大きな鯉が波間に浮かび「お前、何してんだ」と聞いた、但行は魚が話しをすると驚いたが「私は河が渡れないで困っているのだ」と答えた、「河を渡ってどうするのだ」但行がそのわけを一通り話すと鯉は「俺が連れて行ってやろう」 「本当ですか」 「本当だ、だが、お前が観音菩薩の処へ行ったら俺は九千九百九十九年の修行が終わったが何時神となって天に登れるか聞いてくれ」但行はそんなに修行しても鯉はまだ神になれないのかと思い「私が観音菩薩に会ったらきっとあんたのことを聞くから待っていてくれ」と言った。「じゃ、俺の背中に這い上がれ」こうして但行は悠々と大河を越えた。
 岸に着くと「前へ行けば観音菩薩がいる処だ」但行は鯉に礼を言って前へ進んだ、いくらも行かないうちに観音菩薩が見えた。但行は跪いて礼をしたが観音は静かに目を閉じたままである、だが但行は観音の前に二刻、ずっと跪いていた、すると観音菩薩はやっと目を開いた、「汝は山を越え、海を渡り此処へ何しに来たのだ」 「菩薩さま、私は四つの教えを賜りたくて参りました」 「わしは三つしか答えぬからよく考え、問いを三つ選べ」

 但行は心の中で“話のできない娘は嫁に行けないで待っているのだから可哀想だ、一滴の水が油より貴重な井戸のない村をほっておくわかにはいかない。あの鯉の願いも深刻だ。『人に頼まれたことは果たさなけらばならない』よし,自分の願いをあきらめよう”そう考えた但行は「決まりました」と言って観音に礼を捧げた、観音が「決まったか、では話せ」と言ったので但行は落ち着いて話し始めた。

 「初めの一つは、私を泊めてくれたお婆さんの孫娘は十八になっても話せません、観音さまどうすれば娘は話せるようになるでしょうか」 「その娘の頭にある三本の紅い毛を抜けば話せるようになる」 「私が宿を借りた老人の村には井戸がなく、桶で水を運ぶのに往復三四十里歩かねばなりません、それで一滴の水は油より貴重なのです、観音さま、その村の何処に井戸が掘れるでしょうか」 「村の真ん中にある大きな柳の木を根から掘り出せば、その下がいい井戸になる、三番目の問いは何だ」 「三番目は、此処に来る途中で私は一尾の鯉に出会いました、この鯉は九千九百九十九年修行しました、この鯉は何時神となって昇天するでしょうか」 「鯉の腹の中に玉がある、その玉を南に向かって三つ吐き出せば神となって昇天する」 但行は三つの問いの答えを聞くと観音菩薩に三回礼を捧げると急いで戻った、頼まれた問いの答えを早く伝えたいと思ったからである。

 大きな鯉は早くから岸辺で待っていた、但行を見るとすぐ「観音菩薩は何と言った?」 「観音さまはあんたの腹の中に玉がある、それを南に向いて三つ吐き出せば神となって昇天すると言った」それを聞くと鯉はまた但行を背中に乗せ大河を渡り岸に着くと、南を向いて光輝く夜明珠を三つ吐き出した、「あんたのお蔭でわしは救われた、お礼にこの夜明珠はあんたに上げる」と言った、但行が「お礼なんて貰えません」と言い終わらないうちにもう鯉の姿は昇天して消えた。

 但行は三個の夜明珠を持ってまた急いだ。但行は井戸のないあの村に着き、土の家の老人を訪ね、「村の真ん中にある大きな柳の木の根を掘り起こせばその下に井戸がある」と伝えた、老人はそれを村人に教え、みんなで柳の根を掘り出し、柳に縄をかけて倒した、すると根と一緒に二つの石が出てその下から水が湧き出した、両手で水を掬って飲むと冷たくて甘い、村人はみんな喜んだ。老人は但行の手をとり「有り難う、だがわしらの村は貧乏で、お礼の物をあげることができない、この二つの石を記念に持って行ってくれ」と言った。

 但行は二つの石を袋に入れ背中に背負って次のお婆さんの家へ行った。お婆さんが家から出て来たのですぐ「お婆さんの孫娘の頭の三本の紅い毛を抜けば話せるようになります」と言った。お婆さんが孫娘の頭の三本の紅い毛を抜くと孫娘は「お婆ちゃん!」と叫んだ、お婆さんは孫娘が本当に話せたので喜び「但行さん、わたしの孫はあなたのお蔭で話せるようになりました、あんたがいいなら孫娘と結婚して下さい」と言った「私は結婚したいのですが、貧乏で結婚すれば娘さんが苦労しますから」と言うと娘は顔を紅くして「あたしは貧乏でも優しい人であればいいのです」と言った。
 お婆さんは孫娘が結婚を喜んでいるので、支度をしてその日の夜に二人を結婚させ、二人は夫婦になった。翌日但行は荷物を背負い新妻を連れて家へ帰った。道みち袋がだんだん重くなり、家に着いて袋から石を出してみると石は金の塊になっていた。但行はその金塊を売って家と畑を買った。夜明珠は家の部屋に置くと一晩中明るく光った。 村人たちは但行の心が優しかったから妻を娶り、財産ができたのだと言った。

             姜淑珍故事選                                1999.12.23

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