狼と姉妹
昔、深い山奥の谷に母親と三人の子どもが住んでいた。
ある日、母親は実家に用ができたので子どもたちを呼んで「おっかさんは用事でお婆ちゃんの家へ行って来るからお前たち、おとなしく喧嘩をしないで待っていておくれ、明日帰るからね」と言うと子どもたちはうなずいて「おっかさん、大丈夫だよ、行ってらっしゃい」と答えた、母親は「お前たちはいい子だね」と籠を抱えて家を出ると子どもたちは手をつなぎ門まで母親について来た、「もういいよ、家に入りな」 「うん」子どもたちは門で母親を見送った。母親は少し行くと振り向いて「夜、人が来ても戸を開けるんじゃないよ」と言うと、子どもたちは一斉に「おっかさん分かったよ、いってらっしゃい」と手を振った。母親が行ってしまうと姉は妹と弟を連れ飛び跳ねながら家の中へ入った。
母親は昼まで歩き続けたが、まだ実家までは遠い。しばらく行くと大きな柳の下に平らな石があったので、石のほこりを払ってそこでひと休みした、するとそこへ若い女が「おばさん、今日は暑いですね」と近づいて石の上に腰を下ろすと「おばさん、どちらへ」と聞いた。
「実家へ帰るのよ」 「おばさんの家はどこ」 「ここから真っ直ぐ行って山を三つ越えるとふた棟の萱葺きの家で門の前に大きな楡の木があるのが、あたしの家だよ」 「おばさんは今晩帰りますか」 「実家に着くと夜になっちゃうから今晩は帰れないね」 「おばさんちの家族は」 「あたしは三人の子どもと暮らしているよ」 「まあ、それは大変ですね,いくつですか」 「うえの二人は娘で十と七つ、したの男の子はまだ三つだよ」母親がそう言い終わると、若い女はかしこまって「まあ、おばさん、一人は金の息子、二人は玉の娘なんて幸運ですね、それで名前は」 「あたしらは農民だからでなにもいい名前はつけないよ、姉はかんぬき、妹はかけがね、弟はほうきと言うんだ」そう言って母親は歩きだした。
若い女はまだ木影の石に座ったまま「おばさん気をつけて、休みながら行きなさいよ、わたしはここでもう少し涼んで行くわ」と言って母親の姿が見えなくなると女は「ハハハ」と大笑いして本性を現した。
狼の妖精で女に化けていたのである。狼は子どもが留守番している家と子どもたちの名前を母親から聞き出すと、すぐその家へ向かった。そして、夜になると狼は母親に化け、母親の声を真似して「かんぬき、おっかさんだよ開けておくれ」と言った、姉は門の隙間から「おっかさんはお前より背が高いよ、お前はおっかさんじゃない、おっかさんは明日帰るんだ、開けてやらないよ」と言って布団の中に入ってしまった。
狼はまた「かけがねや、おっかさんだよ、開けておくれ」と言った、かけがねは「お前は誰」と言った、「お前のおっかさんだよ」 「おっかさんは明日帰ると言ったじゃない」 「お前たちが心配で今晩帰って来たんだよ」 妹は何時もの母親の声と違うので「開けてあげないよ、お前はおっかさんじゃない、お前の声はドラ声だ」と言って妹も布団にもぐって寝てしまった。
狼はまた外から「可愛いほうきや、おっかさんだよ、開けておくれ、おっかさんがお前を抱いてあげるから一緒に寝よう、それにお前に美味しいものを持って来てやったよ、早く開けておくれ」 ほうきはおかっさんと一緒に寝たかったし、美味しいお土産を持って来てくれたと聞いて、布団から飛び出すと戸を開けた、すると狼は家の中に入って来た。狼はほうきに「ほうきは可愛いね、おっかさんが抱いてやるよ、早く布団に入ろう」と言って狼はほうきと一緒に布団に入った。
ほうきは狼の体のゴワゴワした毛を見て「おっかさんの体にどうして毛が生えているの」と聞いた、「アレレ、馬鹿な子だね、これはお婆ちゃんがおっかさんにくれた毛皮だよ、急いで帰って来たから、脱がなかったのだよ」 「おっかさんの手にどうして毛が生えているの」 「これはお婆ちゃんがおっかさんにくれた毛皮の手袋だよ、急いでいたからとらなかったのさ」 「おっかさん、おっかさん,どうっしてお尻に毛の尻尾があるの」 「それはお婆ちゃんがお前たちの草履を作るようにくれた麻縄をお尻に挟んで来たのさ」と言うと狼は面倒くさくなって「このガキ、何度も何度もうるさいね、早く寝ろ」言い、ほうきにまた何か聞かれ答えなければ、狼だとバレてしまうと思い、ほうきを殺してしまった。
真夜中になって、二人の姉はおっかさんが何か“カリカリ”と音をたてて食べているので「おっかさん、何食べてるの」と聞いた、「咳がでるからお婆ちゃんがくれた大根を囓っているのさ」かんぬきが「おっかさん、あたしにも頂戴」と言い、かけがねも「あたいも食べたい」と言うと「ホイ、二人に一本ずつやるよ」と言いながら狼が何か投げてよこした。それを触ると“ア”、手の指であった。よく見ると弟がいない、それで入って来たのはおっかさんではなくて人を食べる狼だと気づき、かんぬきは“狼は弟を食べてしまえば、あたしと妹を食べるに違いない”と思い、泣き出しそうになったが、おかっさんが何時も言っていた“先手必勝、後手の負け”と言う言葉を思い出し、そっと妹をゆすって起こし、とっさに、まず逃げ出してそれから弟の仇を討とう話しあった。
かんぬきはお腹が痛いふりをして「おっかさん、あたしお腹が痛いからウンチがしたい」と言い、妹のかけがねも「おっかさん、あたいもウンチ」と言うと、狼は「そこでしな」と言った、かんぬきとかけがねは一緒に「ここでしたら臭くてしょうがないよ」と答えると、狼は「ウンチをしたらすぐ戻るんだよ」と言った。姉と妹は手をつないで、急いで外へ飛び出すと、斧と縄を持って、家の前の楡の木に登った。
さて、狼はお腹がいっぱいになり寝てしまった、そしてひと眠りしてお腹が空いてから姉と妹を食べようと思っていた。ところが目を覚ましてみると、もう夜が明けていて、かんぬきとかけがねはいない、慌てた狼は庭に出て「かんぬき、かけがね、何処へ行ったんだい、まだ戻らないのかい」とそこら中で呼んだが見つからない、やっと門の前の楡の木の上で「美味しい」 「とても美味しい」と言いながら何か食べている姉妹を見つけた。
実は二人は狼に何か食べているふりを見せていたのだ。それを見ると狼も食べたくなって、上を向き「わたしの娘たちや、木の上で何を食べているんだい、そんなに美味しいのかい」 「おっかさん、あたしたち肉を食べているの」それを聞くと狼は涎を垂らしながら、「わたしの可愛い娘や、おっかさんにも食べさせておくれ」と言った、かんぬきとかりがねは一緒に「いいよ、おっかさんにも上げるから木の下で口を開けてれば、上から落として上げる」 「よし、落としてごらん」と狼は大きな口を開け顔を上へ向け、木の上から落とされる肉を待っていた。それを見た姉妹は木の上から力一杯、斧を狼に投げつけた。斧は狼の頭を切り裂き、たちまち狼は死んでしまった。
こうして、姉と妹は弟の仇を討つことができたが、木から下りると、弟を悲しんで門の前で泣いた。するとそこへ母親が帰って来た、姉と妹がいままでのことを話すと、母親は涙を流して嘆き悲しんだ。
姜淑珍故事選 1999.11.11