塩の由来(二)

 昔、おっかさんと一人の息子がいました。本当はおっかさんには息子が二人いたのですが、兄の息子はおかみさんと所帯を持つと家を出てしまって、いい暮らしをしているのです。しかしおっかさんと弟の息子は食べるのも、飲むのも不自由な暮らしをしていました。
 それは何故かと言うと、兄夫婦の心がよくなくて、まだおとっつあんが生きている頃から兄夫婦は家の物を持ち出したり、分家をする時には畑も家のいい物もみんな持っていってしまったりしたからです、それでおっかさんと弟には何も残らず貧乏な暮らしになったのです。
 それに兄は商売をしたり、船を出して毎日、海で魚を捕ったりしていました。

 おっかさんと弟の家にはとうとう食べ物がなくなってしまいました。おかっさんがとても悲しむと弟は「おっかさん、悲しまないでいいよ、暮らしのいい兄さんに食べ物やお金を借りて来るから、俺の兄さんなんだから貸してくれるさ」と言って、袋を持って兄の家へ行きました。ところが一粒の米も貸して貰えず、かえって、兄のおかみさんに「お前、食べる物がないからって、あたしの所に借りに来たのかい、うちにだってないよ」と罵られ、追い出されてしまいました。
 弟は怒って兄の家を出ましたが、おっかさんが家でひもじい思いで待っているのにこのままでは帰れないと困ってしまいました。すると、山の麓で狼が羊を食べていて、まだ羊の太い腿肉が残っているのを見つけました、そこで石を投げ狼を追い払い羊の肉を取りました、これはいい、これを持って帰ればおっかさんに一二度は食べさせられると、弟は羊の腿肉を持って家へ帰りました。
 途中で一人のお婆さんに会いました、八十歳を過ぎたくらいで、頭の毛は真っ白、何日も御飯を食べていないらしく、ふらふらして小さな声でもぐもぐと「お前さん、わしはもう何日も御飯を食べてなくて、お腹がペコペコなんだが、お前さんが持っているのは何だい、わしにくれないかね」と言いました、弟はこんなに年をとったお婆さんが何日も御飯を食べていないなんて可哀相だと思いましたが、家にもお腹を空かしているおっかさんがいます、どうしようと考えましたが、このお婆さんはおっかさんより年をとっていると思い「お婆さん、この羊の腿肉をあげましょう、年寄りの身で何も食べていないなんて。これで一二回は食事ができるでしょう」と言うと、お婆さんは喜んで腿肉を受け取り「ア−、わしはもうふらふらで歩けない、お前さん、わしをおぶってわしの家まで送ってくれないかい」と言いました。

 「お婆さんは何処に住んでいるのですか」 「あの前の山の麓だよ」 「わかりました、お婆さん、わたしにおぶさってください」と言って弟がお婆さんをおぶってしばらく行くと、お婆さんは大きな石を指して「着いたよ」と言いました、お婆さんが背中から降り弟が振り返ると、なんと、さっきのよわよわしいお婆さんが、顔は赤く目は炯々と光る力強いお婆さんになっていて、石の門を指し「開け」と叫び、手を上げると、天が崩れ、地が裂けるような音を立てて大きく広がった石の門はギギギギーと開き、大きな洞穴が現れました、「お前さん、これがわしの家だよ、お入り」と言いました。弟は驚きながら、お婆さんの後について入ると、中には石の机、石の腰掛け、石の椅子、石の皿、石の碗……何もかも石でできている物ばかりでした。

 お婆さんは「若者よ、お前は孝行者で心優しく働き者だ、それにわしにもよくしてくれた、何もないがお前の家に穀物がないなら、わしはお前にやる物がある」と言いました、何だろうとお婆さんが指す方を見ると臼ひきロバと石臼がありました。「お前にあの臼ひきロバと石臼を上げよう、あれはお前が欲しい物を何でも出してくれる石臼だ、もし粟が欲しいなら、“石臼よ回れ、粟を出せ”と言うと、すぐ回って粟をだしてくれる、もういいと思ったら“とまれ”と言えば石臼はとまる、お前、この臼ひきロバと石臼を持って行っておっかさんに孝行しておあげ」と言いました、こうして弟はお婆さんに礼を言って石臼を担ぎ、洞穴から出て振り返って見るともう洞穴は消えていました、弟はとても不思議に思って家へ帰りました。

 家に帰っても食べ物はありません、それにお婆さんの話が本当だとも思えず、隣から食べ物を借りて夕飯を食べました。夜中になって人の声も犬の鳴き声も聞こえなくなると、弟はあの石臼にお婆さんの言った霊験があるものかどうか、試してみようと思いました。大きな籠を石臼の下に置き「石臼よ回れ、粟を出せ」と言うと、小さなロバは“トコ、トコ、トコ”と石臼を回し、石臼は“サッ、サッ、サッ”と回り始めました、そして籠には“ザラ、ザラ、ザラ”と粟がとぎれなくこぼれ落ち、僅かな間に籠は一杯になりました。「アレ−、本当だ」と弟は小躍りして喜び、こっちの籠、あっちの籠も出して粟を一杯にしました、粟だけではしょうがないと考え、「とまれ」と言うとロバと石臼はとまりました。それから「石臼よ回れ、小麦粉を出せ」と言うと、石臼から真っ白な小麦粉が出てきました、またあっちの籠、こっちの籠にいれ一杯にすると、こんどは豆の粉をだし、いろいろな穀物を家中一杯にしました。

 おっかさんは大喜びで「お前、これでわたしたち母子に食べる物ができた、隣近所はみんな食べるのに苦労しているから、この穀物を分けてあげよう」と言いました。翌日、おっかさんは、あっちの家、こっちの家へ穀物を笊や箕に盛って配って歩きました。それからも、母子は暇があれば石臼を回し、貧しい人に穀物を分けてあげました。

 やがて、このことは兄の耳にも伝わりました、兄夫婦はこれを聞くと、弟の家は貧乏で米を借りに来たのに、今は穀物が食べ切れないほどあるなんて不思議だ思い見に行きました。夜になって兄は弟の家の門を開け家の中をそっと見ました、ちょうど弟は石臼を回していたところでした。穀物が石臼からこぼれています、兄はずるそうな目を輝かしてそれを一晩中見ていました、そして弟が石臼を回す時、“石臼よ回れ、粟を出せ、高粱を出せ”と言っているのを覚えました、しかし弟が臼をとめる時「とまれ」と言うのを聞いていませんでした。兄は弟の家で見たことを自分の家へ帰っておかみさんに話しました、おかみさんは「それは宝物だ、なんとか盗んでやろう、夜は弟がいるから、昼間、弟が仕事で外にいるときに盗もう」と言いました。

 翌日、兄は弟とおっかさんを見張って、二人が家を出るとすぐ石臼を盗みました、兄夫婦は弟が臼を捜しても見つからないように、家には置かず、船の中へ運びました。夜になって兄夫婦は嬉しくなって「俺たちは、金持ちになるぞ、今うちには塩がない、塩は特に値段が高いから、まず塩を出そう」と言いました、二人は夜中になって石臼の準備をすると兄が「石臼よ回れ、塩を出せ、一番いい塩を出せ」と言いました。

 すると臼ひきロバと石臼は回りは始め、間もなく雪のように白い塩がザラザラ出て来て用意した大きな籠が一杯になり、あの笊この籠と見る間に塩は船一杯になりました、それでも欲張りな夫婦は多ければ多いほどいいと臼を回し続けました。臼は益々速く回りとまりません、やがて船は塩で重くなって沈みそうになりました、臼はまわり続けるのに、兄夫婦はとめる方法が分かりません、船は見る間に塩の重みで沈み始め水が入ってきました、夫婦は驚いて叫びましたが、船と一緒に海に沈み見えなくなりました。それで今でも海の中では臼が回って塩を出し続けているのです。   

           中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻上                    1999.5.23