若者と秀墨     

 ずっとずっと大昔、天上にも人がいて、地上の人と往来し結婚もした。後に天と地は遠く離れ、天上の人と地上の人は往来できなくなり結婚もしなくなった。何が原因なのだろうか。愛尼人にはこんな物語が伝えられている……

 昔、愛尼人の住む山里に勤勉で善良なみなし子の若者がいた。若者は朝から晩まで山の畑を耕して種を植え作物がとれると、一人で食べ切れない分は体の弱い老人へやったり、山へ柴刈りに行けば二束の柴を刈り、一束は一人暮らしの老人へ分けてやったりした。
 この若者のことが天上にも伝わると、太陽と月の娘の秀墨が感動し、そっと若者の家へ下り、塀の影に身を隠し、若者が毎日畑へ行くと出て来て掃除、水汲み、炊事などの家事をこなして、夕方になるとまた塀の隅に身を隠した。
 若者は毎日帰って来ると家の中のこの様子を不思議に思い、誰がこんな親切な事をしてくれるのだろうと山里の一軒一軒に聞いて回ったがわからない、とうとう村中の家全部を訪ねて聞き回ったがそれでもわからなかった。

 そこで若者はある朝早く、近所に朝の挨拶をしてから鍬を担いで家を出ると、遠くまで行かずそっと戻って来て家の外に隠れて様子を見ていた。しばらくすると美しい娘が塀の隅から出て来て小さな腰掛けに腰をおろし、飛ぶように針と糸を運び若者の着物を繕い始めた。
 娘は山茶花のように美しい、若者はそっと近ずき、静かな声で「もしもし、あなたはどちらの方ですか、私はあなたを存じませんが」と聞いた。娘は恥ずかしそうに下を向いて「わたしは太陽と月の娘の秀墨です、あなたが好い人なので、あなたの所へ来たのです……」と言った。若者はそれを聞いて嬉しかったが、よく考えてからまた優しく「でも私の仕事は力仕事、食べる物も粗末で結婚してもあなたに苦労をかけますから」と言った、すると秀墨は懐から銀貨七枚を出し「もしあなたが結婚してもいいと考えるなら、これで何でも買って下さい、銀貨が足りないなんて心配しないで大きな豚やたくさんお酒を買って来て下さい」と言った、若者は秀墨の結婚の申し込みを受け、銀貨を持って山里を下り町へ行った。

 若者は町でまず銀貨七枚で大きな豚を買ったが、帰り道で酒屋を見つけ、酒も買わなければと思いついた、だが持って来た銀貨は使ってしまってない、どうしようと何気なく懐を探ると、まだ銀貨がある、取り出して見るとちょうどまた七枚ある、若者は秀墨がそっと余計にいれたのだろうと思い、それで酒の瓶を二つ買った。そしてまた懐に手を入れるとまた銀貨七枚がある、やっと若者は銀貨の謎がわかった、七枚の銀貨は使っても使っても七枚出て来るのだ。
 若者は銀細工店へ行って秀墨の腕輪や首飾りなどを買った。こうして若者はつぎつぎと七枚の銀貨を懐から出しては結婚に必要な物を買い整えて帰った。若者と秀墨はその晩に婚礼の式を挙げた。若者と秀墨の結婚は一陣の風となって愛尼の村から村へ伝わり、村長の資波の耳にも伝わった、資波は秀墨が山茶花のように美しいと聞き、うずうずして夜も眠れなかった。

 翌日、村長の資波は若者を呼び「明日、俺の鶏とお前の家の鶏と闘わせよう、もしお前の鶏が負けたら、お前の女房を俺によこせ」と言った、若者は家へ帰って心配で心配で溜め息ばかりついていた、秀墨が何度も聞くので若者は資波の話と自分の心配を打ちあけた。すると秀墨は口をすぼめて笑い「なんでそんな胡麻ほどのことで心配するの、あなたが明日行けばそれですむわ」と言った。
 翌日、秀墨は森に向かって呪文を唱え、野良猫を呼び出し、野良猫に三回息を吹きかけると、野良猫はがっしりした小柄な鶏に変わった、秀墨はその鶏を若者に渡し「終わったらすぐ帰るのよ」と言って若者を送り出した。

 資波は闘鶏場に沢山の人を集めて待っていた、資波は若者が持って来た小さな雄鶏を見てから、首を真っ直ぐ立てた自分の大きな鶏を見て、笑いながら「おい、一緒に女房を連れてくればことは簡単に済んだのにな、早くお前の鶏を放せて闘わせろ」と言った。若者は資波をちらりと見て不安そうに鶏を放した、二羽の鶏は互いに睨み合い、相手を攻撃する機会を狙っていた、すると突然若者の小さな鶏が、土を蹴って資波の大きな鶏に噛み付いた、大きな鶏は倒れ、起き上がれない、若者の鶏はまた荒々しく資波の鶏の首を何回もつっつくと、資波の鶏は動かなくなった。
 それでも資波はあきらめずまた若者に豚を闘わせようと言た、秀墨はまた山の猪に息を吹きかけ母豚に変えて若者に渡した、資波は気の荒い雄豚を連れて来た、雄豚は母豚を見ると口を閉じ、猛然と飛びかかったが、母豚は素早く身を躱し雄豚が倒れると、母豚は雄豚に飛びかかって噛み殺した。それでも資波はあきらめず牛や馬を闘わせたが、秀墨はその度に野牛や虎を牛や馬に変えて闘わせて、勝った。

 資波は若者の家の家畜がどうしてあんなに強いかわからなかったが、きっと秀墨が法術を使っているのだと思った、資波は面目が丸潰れになるのを恐れもう何も言わず、若者に「わしの負けだ、お前に大きな太鼓をやる、何か困ったらその太鼓を叩け、そうしたらわしは人をやってお前を助けてやる」と言い、しばらくして人より大きい太鼓を八人がかりで運んで来た。
 その晩、若者は秀墨と喜び御飯を食べながら鶏や豚の事を話し「もう資波は私たちに意地悪はしないだろう」と言った。すると秀墨は「どんな意地悪も怖くはないが、卵を食べる時に決して卵の殻を火にくべないでね、卵の殻には魔力があってわたしはその匂いを嗅ぐと地上にはいられず天上へ帰らねば……」と言った、若者はそれを聞くとこれからは鶏を飼わないし卵も食べないと誓った。
 それから、若者と秀墨は一緒に寝ると、資波の手下が太鼓の中から出て来て外へ行き卵の殻を持って来ると囲炉裏の中にくべた。卵の殻が焼ける匂いで秀墨は目を覚まし、起き上がると卵の殻が燃えていた、秀墨は不安になって腕輪をはずすと、若者の手の上にのせ顔を覆って東の方へ走り去った。

 朝、若者が目を覚ますと“カタン”と音がして腕輪が手から落ちた、拾って見ると秀墨のものだ、妻は何処へ行ったのだろうと急いで起きて四方を捜したが家の中にも外にもいない、この時若者はかすかに卵の殻の焼ける匂いを感じた、囲炉裏の中を見るとわずかな火の中に卵の殻が黒くなっている。太鼓を見ると、太鼓には大きな穴が開いていた、これは資波の仕業だ、若者はカンランの実を持って馬に乗り、犬を連れて太陽の昇る方へ向かった。

 妻を捜すために幾つもの密林を越え谷を越え山のように大きい二つの石のある所へ来た。ふたつの石は猛烈にぶつかりあって若者の行く手を阻んでいる、若者がカンランの実を石に投げつけると、大きな石はとまり、ヒュと音をさせてカンランの実を吸い込んだ、続けて投げると石はとまり、カンランの実を吸い込む、若者は、左と右の石に投げ、石がとまったすきをみて石の間を馬に乗ってすり抜けた。
 あとから来た犬は間に合わず石に潰されて死んだ。若者が犬を土に葬ろうとすると、その時ブンブンと音がする、見ると雄雌一対のほたると二匹の蠅があわれな声で「あなたの犬の肉をわたしたちに下さい、何かあった時、わたしたちはあなたを助けますから」と言った、若者は彼等が自分を助けてくれるなんて信じていなかったが犬を埋めてもただ腐るだけだと思い彼等にやった。

 そしてまた馬に乗って進んだ、何日進んだかわからないがゴウゴウ音を立てる大きな河に着いた、河の両岸は砂地で一本の木も一片の草も生えていない、河は熱湯のように沸き、蒸気が雲のように立っていた、若者は歯を噛み、馬の尻をたたいて熱湯の河に乗り入れ河を越した、馬が岸に上がると馬の足と腹は焼け爛れていた、若者はそれを見て思わず涙を流がした。この時猿が森の中から出て来て「わしらは何日も何も食べていない、どうかその馬の肉をくれないか、あとでわしらに用があればきっとあんたをたすけるから」と言った、若者は猿が助けてくれるとは思わなかったが馬の肉をやった。

 やがて太陽が沈み真っ暗になって指先も見えなくなり、やがて石の林の前に来た、石は狂暴な怪獣のような形をして若者の行く手を阻んでいる。若者はほたるの言葉を思いだし、真っ暗闇のなかで「ほたるや、俺の行く先を照らしてくれ」と叫ぶと、しばらくして星と同じような光が若者の周り光り、たくさんのほたるが一本の道を照らし出した、こうして若者はなんなく石の林を通り抜けた。
 翌日、太陽が昇り、ピカピカ光る宮殿が見えた、宮殿の前の台には花のように美しい娘たちが座っている、北斗七星の姉妹である、みんな同じ緑の衣を着て、胸には金銀の首飾りをつけている、まるでみんな秀墨に見える、だがよく見ると、娘たちみんな一対の腕輪をしているのに、片方しか腕輪をしていない娘がいた、若者はそれが妻の秀墨だとわかり、若者は持って来た腕輪を渡した。

 秀墨は夫が万里を越えて天上に来たことを知って喜んだ、秀墨は姉たちに話をして若者を宮殿へ案内し、西から帰った母親の月にも会わせた。月は若者が困難を恐れず地上から天上へ来たことを褒めたが地上に資波のような悪者がいるのを知ってもう娘を地上へ帰すことは許さなかった、しかし天上には地上の人間は住めない、月は若者に幾つか難題を出した、若者を宮殿の外へ出し、秀墨と九十九人の天女の手を宮殿の窓から出し、若者に秀墨の手を捜させ、分からなければすぐ地上へ帰すことにした。伸ばされた百の手を見て若者はどうすれば秀墨の手が見分けられるかわからなかった。若者は蠅のことを思い出し 「蠅よ、蠅よ……」と言うと若者の前に一匹の蠅が来た、蠅は宮殿の中を回って来ると真ん中にある手の上にとまった、若者はその前へ行って秀墨を見つけた。

 夜になり月は太陽と交替した、太陽は西の山から宮殿へ帰り、若者を見ると何も言わず宴席を用意させ、若者に酒を飲ませた、太陽は天女に絶えず若者の盃に酒を注ぎ椀には料理を入れさせた、若者が注がれた酒をみんな飲むと、太陽は宮殿の前にドラを吊るし、若者に真夜二更にドラを叩かねば秀墨とは一緒にはさせないと言った。若者はあまり酒を飲まないのにこの夜は何杯も酒を飲み、そのうえ疲れていたので朦朧としていた、しかし真夜中のドラを叩かねばならないので眠れない、若者は真夜二更にドラを叩けば秀墨を地上に連れて帰れるのだと思い眠らない。
 しかし、眠くてうわ瞼とした瞼はいうことを聞かない、若者は猿に会った事を思い出し猿を呼んだ、すると猿が若者の前に現れ、澄んだ目をパチパチさせて何の用事かと聞いた、若者はドラを指して太陽の要求を話した、猿はドラを見て戻ると「安心して眠りなさい、わたしが代わりに叩きます」と言った。若者は猿が真剣に言うので猿に礼を言い横になって寝た。果たして真夜二更、あたりの静けさを破って“ゴン、ゴン、ゴン”とドラが三回鳴った、それを聞くと太陽は若者に「天上の一日は地上の数年なる、お前は先に帰って心の黒い村長が死んだかどうか見て来い、もし死んでいればお前はまた天上に妻を迎えに来い」と言い、草の種を若者に与えて「これを道に撒いて行き、帰る時の目印にしろ」と言った。

 若者は地上に帰るときその草の種を撒いた、撒いては行き、また撒いては行った。草の種をみんな撒いた時、後ろを見ると、草の種を撒いた所には高い石の柱が立っていて道は見えなかった。天まで届く柱は高く、若者はまた天上へ帰る事は出来なくなり太陽にしてやられたことを知った。

 こうして天上と地上は遠く隔たってしまい天上の人と地上の人は結婚する事が出来なくなったのである。  

           西双版納哈尼族民間故事集成                  1998.10.7

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