怠惰筋を切る

 沙拍の家には三人の子供がいた、うえの二人は娘で、三番目の拍若が男の子であった。沙拍夫婦はこの可愛い息子をだいじにして、美味しい物を食べさせ、いい物を着せ、柴刈りも水汲みもさせず、ただ遊ばせていたから、家で一番威張って育った。

 何年もたって、うえの娘たちは両親から離れ、村を出て嫁いで行った。それで沙拍の家では人手が足らなくなり、息子に畑を耕せることにした。するとこれを聞いた息子は寝床から起きず、食事も寝たままするようになり、両親が息子の寝床の前で起きるように言うと、息子は“ハアハアフウフウ”しながら「俺は体に力がなく、手足がだるくて起きられない」と言った。
 沙拍はこれはいけないと、卵を焼き、鶏をつぶし毎日肉や卵を食べさせ、息子の体に早く栄養をつけたかった。家にあった卵を食べ尽くし、鶏をみんな殺して食べてしまい、息子は前よりもいっそうでぶでぶと太った、でも息子のだるくて力がないという病気は少しもよくならなかった。

 沙拍は心配になってとうとう牛を売り、その数十の銀貨を持って医者にどんな薬を買えばいいか聞きに行き、その途中で阿朱尼に会った。
 阿朱尼は沙拍に煙草をすすめ「沙拍さん、そんなに銀貨をチャラチャラさせて、何処かへ商売に行くのかい」といろいろ聞いた、すると沙拍は溜め息をついて「いいえ、商売するんじゃありません、息子が病気で食はあるんですが、動けないのです、それで医者に息子の病気を聞きに行くんです」と答えた。阿朱尼は心配そうに「息子さんは何の病気なのかね」と聞いた。
 沙拍は「わからないんですよ、鶏の汁、卵と毎日食べて体はどんどん太るのに力はどんどんなくなるんです、息子が言うには足はよたよた、手はふらふら体に力がないと言うのです、あたしは医者に息子の病気を早く治してもらって、息子が畑で働けるようになるのを待っているのです」とまた溜め息をついて答えた。

 すると阿朱尼は笑いながら「わしが診てやろうか、その病気はわしが治せるかも知れない」と言った。「あんたが病気を治せるって」 「ちょっと試しに診てみよう、医者が治せなくても、わしには治せるかも知れないよ」沙拍は阿朱尼をちらりと見て「幾らですか」と聞いた、阿朱尼は「一文もいらない」と答えた。沙拍は喜んで阿朱尼を家へ案内し、病気の息子を診てもらった。
 阿朱尼が寝ている拍若を見ると、肌はつやつやして、でぶでぶ太っている、食欲はあり、頭に熱もなければ、体にほてりもなく少しも病気らしくない、阿朱尼は沙拍に「拍若は怠惰筋がおこったのだ」と言った。「怠惰筋がおこったって?」沙拍は人には怠惰筋があると聞いていたが、怠惰筋がおこったら、どうすればいいのかは知らなかった、沙拍は息子と阿朱尼をかわるがわるに見ながら、阿朱尼に 「治せますか」と聞いた。

 阿朱尼はうなずいて「治ります、世間で働いている人には怠惰筋はおきないが、拍若は長い間働いていなかったから怠惰筋がおこったのだ」 「どうしたら治りますか」 「怠惰筋を切れば治る、足の怠惰筋と手の怠惰筋がおこったから歩けなくなり、手が動かなくなったのだ、だから怠惰筋を切ればすぐ働けるようになる」息子はびっくりして心の中で“怠惰筋を切るのは痛いのかな、痛いなら切りたくない”と思った。

 阿朱尼は腰にさげた動物の皮を剥ぐ刀を取り出し、刃を研ぎながら、拍若、太腿をだせ、まず太腿の怠惰筋から切るからな」と言った。
 息子はドキドキしながら着物をまくり太腿をだそうとした、沙拍もドキドキしながら息子の横にたって見ていた、阿朱尼は刀を握り、刃先を軽く息子の太腿に立てると、息子は「アイヤ−」と声を上げて寝床から飛び起き「切らないで、切らないで」と叫んだ。
 阿朱尼は「切らなきゃ駄目だ、怠惰筋を切らなきゃ歩けないし手も動かないから一生働けないぞ、歯を食いしばって我慢しろ」と言った、沙拍もそばで「息子や、切れ、お父つあんはお前が畑を耕せるのを待っているんだ」と言った。
 息子は阿朱尼の持ったキラリと光る刀の刃先を見るとふるえ、本当に仮病で寝ていたことを後悔した、阿朱尼は拍若の肩をパンパンと叩き「早く横になれ、怠惰筋を切らなければ畑は耕せないぞ」と言うと拍若はビクビクしながら「俺は今日から畑で働く、怠惰筋を切るのは怖い」と言うと、阿朱尼は「よしよし、毎日働けば怠惰筋はおこらない、畑へ行くなら怠惰筋を切らないでもいい」と言った。こうして拍若は畑で働き始め、やがて働き者に変わった。

             西双版納哈尼族民間故事集成                  1998.9.26

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