蟻の恩返し
昔、大飢饉があって、人々は食べられる葉っぱ、木の実、草の根、野草などみんな食べ尽くして食べる物がなくなってしまった。人々はみんな飢えて顔は黄色くなり体は痩せ細って力がなくなり、天地は太陽、月、星すら分らない闇になり、人は息をのんでただ天命を待つばかりであった。
さて、ここに二人の弟と暮らす阿土という若者がいた。飢えは酷くなるばかりで、二人の弟はもう死にそうであった。
阿土は杖をついて家をでるとよろよろ山へ向かった。阿土は人々と同じようにもう何日も何も食べていないから全身には少しの力も残っていない、一歩歩いてはゼイゼイと息をつき、飢えて疲れた体をひきずるように森の中を歩き、すっかり疲れ動けなくなってしまい、道の傍らの大きな石に寄りかかって休んだ。何気なく見ると、頭が小さくお尻の大きい赤蟻の一群が道のわきの木影から、一匹のバッタを前から引き、後ろから押しながら出て来て、阿土の足の前の巣穴へ運び込もうとしている。
しかし、巣穴は小さくバッタは大きい、それでも蟻たちは構わず力づくで無理やり捕らえた獲物を巣穴に入れようとしている。しばらくすると一匹の大きな蟻が出て来て、小さなこっちの蟻と話し、あっちの蟻と頭をつき合わせていたが、何を話しているのか分からない。ただ蟻がみんなでバッタの頭に集まり巣の穴へひきずり入れようとしていた。けれどもどうやってもバッタを穴の中へ運び込めない、蟻の王はあっちへ行ったり、こっちを見たりしているが、どうしていいか分からないらしい。
阿土は力なく座ってこの蟻の群れを見て、蟻はこんな大きいバッタをどうやって捕まえたのだろうとか、これを蟻たちは何日で食べ切るのだろうかなどと考え、山にはたくさんの鹿、ノロ、猪、熊などがいるのに俺たちにはなかなか見つからないし、動物は人を見ると影もかたちも見せず逃げてしまい、とても追いつけない。もし俺たちがこの蟻のように獲物を捕ることが出来れば、こんなに飢えることもないのにと思った。阿土はこんなことを考えると、バッタを掴み、幾つかにちぎって、一つ一つ蟻の巣穴に投げ込んでやった。蟻たちは急にバッタがなくなったので“パッ”とちりぢりになって逃げたが、ちぎられたバッタが巣穴に落ちてきたのでまた集まって来て、獲物を巣の奥に運んで行った。
阿土は歩こうとしたが動けず、じっとそこに座り目を閉じると居眠りし、知らず知らずに寝込んでしまった。しばらくすると、耳もとで「もしもし、もしもし、起きてください、起きてください」と声がする、目を開けて見たが誰もいない、誰だろうと驚いていると、また耳もとで「もしもし、わたしは蟻の王です」と小さな声がする、よくよく見ると阿土の耳もとの草に大きな蟻がいて、阿土の耳たぶに口をよせて話している、手を伸ばすと蟻は阿土の掌に這い上がって来た。
阿土が「何ですか、蟻の王様」と聞くと、蟻の王は「さっきは、あなたのおかげで助かりました、何かお礼をしたいのですが、お困りの事はありませんか」と言った、阿土は心の中で“そりゃあ、食べる物も飲む物もないで困っているが、小さな蟻に頼んだってしょうがない、それに何気なく助けてやっただけだ、お礼なぞいらない”と思って首を振った。
すると蟻の王は阿土の気持ちが分かっているように、また小さな声で「わたしたちは人間界が大変な飢餓で、このままでは人間は滅亡するかもしれないと思っています、わたしはあなたに生きる道を教え、あなたの好意に報いたい」と言った。阿土は蟻の王に丁寧に真向き「どんな生きる道がありますか」と聞いた「狩猟で動物の肉をとり飢えを凌ぐのです」阿土はそれは無理というように頭を振り「動物たちは人間を見ると風のように逃げて姿を見せませんから、探せません」と言った。
すると、蟻の王は口から小さくて見えないような珠を阿土の掌に吐き出すと、息を吹きかけた、すると珠はゆっくり親指ほどの大きさに変わった、そして、阿土に「見てごらんなさい」と言った、阿土が注意深く珠を持って見ると、前の緑の山全体が小さくなって、この珠の中に見えた、そして山の森の中には蚤のように小さく鹿、ノロ、熊、猪、猿……などが木の陰に休んでいたり、水辺で草を食べている、またある動物は二匹でじゃれあっている、阿土が別な山を見ると、そこには野牛、虎、豹などの猛獣が見える。「これがあれば獲物を見つけ狩猟ができる」と阿土は蟻の王に礼を言った、そして珠を持って家へ帰った。
そして寝ている二人の弟に光る珠を出して見せた。三人の兄弟は宝の珠を見て喜び元気を取り戻し、珠でこっちの山を見たり、また別な山を見たり、何度も三人が珠を手渡しながら替わるがわる見てるうちに珠を“タン”と地面へ落としてしまった。
珠が塀の隅に寝ていた犬のそばに転がると、犬は珠をくわえて外へ走り出した、驚いた三兄弟はそれぞれに銃を持って犬を追いかけた。犬は庭を駆け抜け、村から森に向かって走り出した、阿土と二人の兄弟は“ハアハア”息をつきながら犬を追いかけて森の中へ入った、走っているうちに犬の姿が見えなくなり、三兄弟は顔を見合わせ息をつき、別れ別れになって捜そうとすると、犬を見失ったあたりに大きな鹿が一頭いる、褐色の毛が日に光り、白いしっぽを休みなく振っている、とっさに三人は一緒に鹿の額めがけて引き金をひいた“パンパンパン”と銃声が響き、鹿が倒れ、しばらくして死んだ。兄弟は鹿を担いで家へ帰ると、肉をとり村の家々にも分けてやった。
夜になって犬がしおしおと帰って来て塀の隅に横になり兄弟が肉を食べているのを見ている、阿土は犬を叱る気にもならず、肉を分けてやった。
二日で鹿の肉は食べ終わってしまった。阿土の弟は「犬を殺して珠を取り返し、山へ猟に行こう」と言った。犬は兄弟たちの話を聞いて兄弟たちがまた食べ物がなくなったのを知ると起き上がって外へ走り出した、阿土と二人の兄弟たちも犬のあとについて森の中へ入った、森に着いて犬は見えなくなったが、木の下に丸々と太った猪がパクパクと木の実を食べているのが見えた、兄弟三人は銃でまた猪を射った。
それから、食べ物がなくなると犬は黙って外へ走りだし、獲物を見つけるとそこに足で標しをつけておき、あとでそこへ兄弟を案内して獲物を射たせた、こうして兄弟は獲物の肉で飢餓を切り抜けることができたので阿土と弟たちはもう犬を責めず、何時も猟にいく度に犬を連れて行った。
そしてだんだんと犬は哈尼族の猟師を助けるなくてはならない働き手となったのである。
西双版納哈尼族民間故事集成 1998.7.2