トラジ(桔梗)の話

 昔、山奥の村に白という家がありました。この家の心の優しく美しい娘、白は隣村の若者、藍と結婚することになり、婚礼の日に村の親戚や友人がお祝いに来て笑いさざめき、たいそう賑やかになりました。いよいよ若い二人が夫婦の契りを結ぶ式を挙げようとすると、俄かに外が騒々しくなり兵馬の一隊が来ました、藍はお客が来たのかと思い、迎えに出てみますと、兵士たちは「それっ」と声をかけ藍の首に縄をかけてしまいました。兵馬の一隊は若者を兵士に徴用に来たのです。家族や親戚友人がいろいろ話しましたが聞き入れられず、たちまち藍は兵馬の一隊に連れ去られてしまいました。

 新妻となった白は恥かしさも忘れ、家から飛び出し「あなた、わたしは何時までも待っているわよ」と叫びました。それから白は毎日々々村の北に見える金達嶺を二つの目で穴のあくほど見つめ夫の帰りを待ちました。でも夫は帰って来ませんでした。

 光陰矢の如く、はや十年の月日がたち、その年五月五日端午の節句にきっと帰れるということづての便りがありました。白は大喜びで早速、家をすっかり掃除し、親類縁者を招いて迎えの宴を開き、藍の帰りを待ちましたが何時まで待っても帰って来ません。とうとう親類縁者はつぎつぎに帰って行き、一人だけ藍の友人の金が残りました、金は白と藍の仲人でもあったのです、白はずっと待ち続けくれた金がさぞお腹を空かしただろうと、料理を作り酒を温めて金をもてなしました。

 ちょうど金が酒を飲んでいる時、藍が帰って来ました、そして藍は家に明りが灯り、その下で妻の白が一人の男に酒を注いでいるのを見てしまいました、藍は自分が十年もいなかったのだから、妻が別な男と情を交わしたのだと思いこみ、妻の白に会わないほうがいいと考え、また外に戻りました。
 物音を聞いた白が「どなた」と声をかけましたが、藍は返事をしませんでした。白と金は外に出てみましたが、泥棒のように逃げる様子もなく、その人は一歩一歩家を離れて行きます、白はその後ろ姿をみて夫だとわかり「あなた」と声をかけました。
 夫は白が追いかけて来るのを見ると足を早め、走りだしました。白は「あなた、待って、待って、わけを話すわ」と叫びながら追いかけました。けれども夫は飛ぶように駆け、金達嶺の麓に着くや、金達嶺に登って行きました、泣き叫びながら追いかける白はもう声も涙も干れ、走れなくなっていまい、夫の誤解を解く術もなくなり、自分の潔白な心を示すには死ぬしかないと、金達嶺の山中の木に頭をぶつけて死んでしまいました。  

 藍は妻が木に頭をぶつけるのを見ると、振り向いて走って戻って来ました、その時、金や村人たちも追いつき、金は藍に親戚友人がどんなに藍を待っていたか、夜中まで待ってお腹が空き、白が料理を用意してくれたこと、この十年の白の貞淑な暮らしぶりなどを話しました。そして人々は藍の誤解を責めました。事実が明らかになると藍は自分のやましい心に気づき、妻に済まないと藍も木の下の大きな岩に頭をぶつけて自害しました。

 人々は二人を山の墓に葬りました。それからしばらくして、二人の墓の上に草が生えました、そして藍の墓の上の草には藍色の花が咲き、白の墓の上の草には白い花が咲きました。この草の根は白くて太く人参に似ていました。人々はこの花にトラジ(桔梗)という名前をつけました。年毎に山のトラジは多くなり、毎年秋になると人々は山に登り、トラジを掘り、持って帰って食べました。そして食べる時にはトラジの物語を思い出し、夫婦は互いを疑わず互いに信じあうべきだと語るのでした。

             撫順市巻上                              1998.6.8

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