小柱と小娥
昔、小柱という豚飼いがいた。
幼い時に父母を亡くし、村の王大長者の豚飼いとなって生きるしかなかった、それでも一年ごとに成長し、豚飼いから牛飼い、馬飼いになり、半人前から、やがては一人前の若者になった。
十八歳の立派な若者になった小柱はもう妻を娶る年頃だが、どの家でも娘を貧乏な独り者の嫁にしようなんて思わない。
さて、王長者には小娥という娘がいた、小さい時から小柱と仲よく遊び、小柱の豚追いや牛追いの手助けなどをしたり、家に美味しい物があればそっと持っていってやったりした。小柱が立派な若者になり、小娥もまた乳臭い女の子から二重瞼の色白でやわ肌の美しい娘に成長した。
王長者は小娥をよい婚家に嫁がせようと、あちこちと家を選んだ。だが小娥は張家の話にも、李家の話にも頭をふった。王長者は業をにやして、どうしても西村の高長者の家に嫁がせると怒った。小娥はそれを知ると床に伏して三日三晩、泣き続けた、小娥の心の中には早くから小柱の姿があったからである。
ある晩、小娥は父や母が寝静まるとそっと抜け出して小柱の住む小屋へ忍び込んだ、小柱は布団を被ってぐっすり寝ている、小娥は着ている物をみんな脱いで小柱の布団に入った、驚いて目を覚ました小柱は声を上げようとすると、小娥が口を抑え「小柱、わたしの心と体は生きても死んでもあなたのものよ、父はわたしとあなたが一緒になるのを許してはくれないが、わたしの心はあなただけ、わたしたち今夜が初夜なのよ」と囁いた。それから小娥は毎晩、小柱の小屋へ来た。
風を通さぬ壁はない。こうしているうちに、王長者がそれを知り、飛び上がらんばかりに怒った。
ある夜、王長者は小娥が小柱の小屋へ入るのを見ると、すぐ小屋に押し入り、有無を言わさず小柱を縛り屋根の梁に吊るし上げた。そして小屋から小娥をひきずりだすと、真っ暗な小部屋に閉じ込め、眉をつりあげ憎々しげに「小柱はわしが吊るし上げて死なした、お前も小柱のあとを追い地獄で夫婦になるがいい」と言って一本の縄を投げ入れた。小娥は言葉どうりの父の冷酷無惨な心を知り、“わたしの小柱が死んで、なんで生きている甲斐があろう”と父に投げつけられた縄を梁に懸けて自害した。
王長者は小柱は死んだと思い、村の外の荒野に放りだした。やがて長い時間が過ぎ、小柱は鞭で打たれ冷水をかけられたように思うと目が覚め、再び現世に戻った。そして小娥が無理やり自害させられ、薄い棺桶で無縁墓地に葬られたことを知った。小柱は毎晩、深夜あたりが静かになると小娥の墓の土饅頭を抱いて泣いた。毎日、毎晩、七七四十九日泣き続け、泣いて泣いて涙が枯れ、とうとうポタポタと血の涙が土饅頭の上に落ちた。すると突然、小柱の足もとで“ガ−”と音がしたかと思うと小娥の墓の土饅頭が大きく裂け、わずかな光が見える。小柱はきっと中に小娥がいるのだと思い、土の中へ入って行った。
そこは現世と同じように山や河、草花や樹木があったが人の往来はない。やがて小さな河に突き当たり、白髪の老婆が一人、河の中で金を掬っている、小柱を見ると、冷ややかに「お前は小柱かい」と聞いた、小柱は「そうです」と答えた。「お前、小娥を探しているのかい」 「そうです、どうかここは何処か教えて下さい」 「ここは陰界だよ、お前の小娥はここにはいないよ、この金を欲しいだけ持って、早く現世へお帰り」それを聞くと小柱は溜め息をついて「小娥がいなければ、金があってもしょうがありません」と言ったとたん、老婆の姿が消え河もなくなった。
小柱がまたしばらく行くと、道は東と西に分かれている、西へ行く道は凸凹していて、道の入り口に何十丈もある“うわばみ”が横たわっている、目は灯籠、口は大きな血のお盆のようで、口からは真っ赤な舌が出たり入ったりしている。東へ行く道は平坦で、道の入り口には何もない。どっちの道を行ったらよいのかと考えていると、“うわばみ”の後ろに綺麗な鞋が見えた、遠くからでも花模様だとわかる、小娥の鞋だ、きっと小娥はこの“うわばみ”に食べられたのだ、そう思った小柱は目を輝かして、命も顧みず大声で「妖怪め、俺の小娥を返せ」と怒鳴り、道端の大きな石を持ち上げると“うわばみ”の頭に投げつけた。すると“うわばみ”は人の言葉で「小柱、小柱、わしを打つな、小娥は西山にいる」と言うと風のように飛び去った。
小柱は小娥の花模様の鞋を拾い、懐にしまうと西へ向かって急いだ。前には大きな断崖絶壁の大きな山が雲の中に立ちはだかり、登ろうとしても足をかける処も手をかける処もない、だがこの山を登らなければ小娥に会えないのだ。小柱はあちらこちらと歩き回ったが登る方法がない、思いあぐんで「小娥よ、あなたは何処にいるのだ」と何度も何度も声が出なくなまで叫んだが、何の答えもない。
そうだ人は死ぬと霊魂となって飛ぶという、この山に体をぶつけて死に、霊魂となって小娥を探そう、小柱はそう決めると、力一杯体を山にたたきつけようとした、すると何処かから“ハハハハ”と大きな笑い声が聞こえた。頭を上げてみると、天をつくばかりの牙をむいた大青鬼が立ってニヤリと笑い「わしは三日三晩、人の肉を食べていなかったが、うまい具合に御馳走が向こうからやった来た、これはちょうどいい」と毛むくじゃらな箕のような大きな手を伸ばして小柱の頭を掴もうとした、小柱は少しも避けようとはせず、腰や首を真っ直ぐにのばしていた、大青鬼は「お前、今、わしに食われるというのにどうして逃げない」 「お前に食べられれば俺は霊魂になって西山の小娥に会いに行けるのだ」 「うーん、けなげな奴だ。それではわしがお前の願いをかなえてやろう」 大青鬼はそう言うと鷹が鶏を掴むように小柱を掴み、腕を伸ばして軽々と小柱を西山の頂上に置いた。
だが、すでに夜になっていて小柱はどっちへ行っていいかわからない、前の方の深い林の中に灯が見えるので手探りで近いづいて行くと、灯は茅葺きの家から洩れているのだった、窓の下に行ってみると糸を紡ぐ音がする,舌先で窓の紙を破り、片目で覗いて見ると小娥が座って糸を紡いでいる。小柱は戸を開けて中へ入り「小娥、心配したよ」と、身を投げると空をきってしまった、よく見ると小娥はやはりそこにいる。小娥は泣きながら「小柱のお馬鹿さん、わたしは霊魂だから抱けないの、でも大青鬼があなたの真心に感動して、わたしに会わせてくれたのよ。早く帰ってわたしの墓に毎日指から血を一滴ずつたらして頂戴、そうすれば九九八十一日目の真夜中にわたしは生き返ることができる。さあ、目を閉じて、わたしがあなたを送って行く」と言った。小柱が目を閉じると風の音がして瞬く間に地上に着いた。
小柱は小娥に言われた通り毎日、小娥の墓に指の血を一滴ずつたらした。九九八十一日目の真夜中、小娥の土饅頭の墓の土が割れ、棺桶が出て来て、中から小娥が現れた、小柱と小娥の二人は手をとりあい、その夜のうちに村を出て異郷で暮らした。
薛天智故事選 1998.4.26