青燕仙子

 昔むかし、王才という若者がいた。王才は七歳で父、八歳で母を亡くし、十五歳でもう長者の黒新立の粉挽きにされる苛酷な運命であった。

 黒新立というのは財力を欲しいままにするあくどい横暴な人間で貧乏人はみんな苦しめられた。人を使うのはもっと酷く、太った元気なロバを飼っていても石臼の粉挽きに使わず、王才に毎日とうもろこし一斗、麦二斗、高粱三斗、稗四斗を石臼で挽かせた。王才は朝早くから、夜おそくまでそれこそ死にもの狂いで石臼を回し続けて、やっと十九歳になった。

 燕は秋に去り春に飛んで来る。今年も花咲く暖かい春が来て、家々には南から一つがいの燕の夫婦が飛んで来た。王才の粉挽き小屋にも毎年一羽の燕が来る、王才は心の中で “俺は貧乏な独り者で助けあえる妻を娶ることはできないが、この燕はどうして相手を探せないのだろう”と思い、燕に「燕さん、燕さん、あんたも淋しい独り者で巣を作る連れ合いがいないから卵も生めないのかい、ひとつ俺が助けてやろう」とつぶやき、干し草と泥でしっかりした巣を作ってやった。
 何日かすると、燕は巣の中に三つ卵を生んだ、王才はそれを見てまた燕に「卵を生んだ燕さん、あんたが美しい娘さんになって、俺のお嫁さんになってくれればもっといいのになあ」とつぶやいた。

 ある晩、王才が夕食を食べてまた粉挽き小屋に戻ると、まだ挽きかけだった高粱を誰かが綺麗に挽いてくれていた。こうした日が何日も続き、王才は“誰が俺を助けてくれているのだろう”と不思議に思い、今晩こそ誰だか見てやろうと心に決めて、夕飯を食べに行かず、そっと粉挽き小屋の窓の下に身をひそめていた。
 しばらくすると小屋の中から臼を挽く音が聞こえてきた、そっと窓の隙間からのぞいて見ると青い服を着た美しい娘が、挽いてない高粱を臼にのせ、それから丸い大きな石臼を指でさすと、石臼がひとりでに回り始めた。王才は驚き、“これは天の仙女が俺を助けてくれているのだ”と思い、急いで小屋に入り美しい娘にむかい丁寧に頭を下げて「仙女さま、私は王才です。私を助けてくださるのは誰方かと夜もよく眠れずいましたが、今晩やっとお目にかかれました、どうかお礼を申し上げさせて下さい」と言って、また丁寧に礼をしようとすると、娘は口をすぼめて笑いながら、手を振って「王才さんに先にお礼を言うのはわたしです、あなたがわたしの家を作って下さったから、石臼を挽いたのはそのお礼です」と言った。

 王才は心の中で“ええ、俺は誰の家も作ったことないのに”とびっくりすると、娘は「王才さんは覚えがいいと、人はみんな言っているのに、何日前でもない事をもう忘れたのですか」と聞いた、王才はそれでもわからないと頭を振った。「あなたは独りぼっちのわたしを可哀相だと言ったでしょう」王才はそこで燕の巣を作ってやったことをはっきり思い出して「あなたのお名前は」と聞いた、「わたしは春に北から来て、秋は江南に行く青燕と申します」 「ええ、あなたは南へ北へ千家万戸の家を訪ね、人間の善悪を調べる青燕仙子ですか」と言うと、娘はそうだと頷き顔を赤くすると小声で「王才さん、あなたはあたしが妻になってくれればいいのにと言っていましたね」と言った。王才は嬉しくって声もでなかった。

 翌日、王才は人々に幼い時に決めた許嫁の従姉妹が尋ねて来て結婚したと嘘をついた、村人はそれを聞いてみんな祝ってくれ、口々に王才のお嫁さんは美しいと褒めた。
 この話を聞いた黒新立はずるそうな目をギョロギョロさせ、手下のならず者を連れて粉挽き小屋に行き、王才に“女房をわしに見せろ”と叫んだ。すると青燕仙子がゆったりと黒新立の前に現れて「これはこれは、黒の旦那さま、わたしに何かご用」と聞いた、黒新立は青燕仙子をじっと見て“この娘はなんと美しいのだ、なよなよとしたほどよい姿、眉は美しく目は澄んで肌は白く頬は紅い、声はまるで燕が歌うようだ、これは青燕仙子が下界に降りてきたのではないか、早く奪い取ってわしの妾にしよう”と考えると、鼻の下をのばした顔で「王才が大胆にも良家の娘さんをさらって来た、みんな王才を縛りあげ、馬小屋の屋根に吊るしてしまえ、この娘はわしの部屋へ連れて来い」と叫んだ。

 手下どもが青燕仙子に掴みかかろうとすると、青燕仙子は冷笑して「黒の旦那、お前さんは日頃から横暴で村人を苛めているわね“善悪に報いあり”という諺どうり悪人は天が許さないわよ」と言うと飛び上がって巣から燕の卵を一つ取って指で軽くはじくと中から火の龍が出てきて、牙を剥き爪を立て黒新立に襲いかかった、黒新立は避けようとしたが、周りを火に囲まれ、ギャアと声を上げて焼け死んでしまった。

 さて、黒新立は死んで魂が陰界でフラフラしていると、牛頭馬頭の鬼に閻魔殿へ連れて行かれた、閻魔大王は黒を見ると「お前の寿命はまだ終わってないのにどうして来たのだ」と聞いた、黒新立は泣きながら今までのことを訴えると閻魔大王は黒新立は悪くないと怒り「不埒な青燕仙子め、俺をなめているな、牛頭馬頭の鬼ども早く娑婆へ行って青燕仙子を連れて来い」と言った。
 閻魔大王の命を受けた牛頭馬頭の鬼は粉挽き小屋へ行った、見ると王才が粉挽き小屋の入り口に座っている、鬼は声を荒らげ「王才、お前の女房はどうした」と聞くと王才は見向きもせず小屋をさし「妻はまだ寝ていますから、私に言って下さい、お二人とも余計なことをしないほうがいいですよ、黒新立がああなったのは天罰です。早く帰らないと、いいことはありませんよ」と言うと、牛頭馬頭の鬼は閻魔大王の命に奮い立ってワ−ワ−と声を上げて小屋に向かうと青燕仙子は小屋の入り口を塞ぎ、二つ目の卵を取って指で軽くはじくと中から水が噴き出した。

 二匹の鬼は逃げ出そうとしたが周りは水で、逃げる場所がない、仕方なく口を開け水をゴクゴクと飲み、二匹の鬼はいずれ劣らぬ水腹になり、フラフラになってホウホウの体で閻魔殿に逃げ帰った、閻魔大王が見ると馬頭は河馬になり、牛頭は大きな水牛になっていた。二匹ともまだ大きな水腹をしている、閻魔大王は“この能なし”と大声で怒り、自分で陰界の兵二千を連れ、陰風に乗って粉挽き小屋に押し寄せ、大声で「王才、早く女房を出せ、命を貰う」と叫んだ。
 すると王才はゆっくり腰をあげて、欠伸しながら小屋から出て来ると、うるさそうに「妻は今、糸を紡いでいて、お前たちなぞに構っていられないから俺が替わりにお前に言ってやる、お前は黒家から幾ら貰ったのだ、お前は善を抑え、悪を賞揚するのか、そんなことは許されない、もし黒新立を十八層地獄に墜さなければ、青燕仙子はお前の罪を玉皇大帝に奏上するぞ」と言うと閻魔大王は髭を震わせて怒り、宝剣を抜くと王才は身を翻した。

 すると青燕仙子が閻魔大王の面前に出て、三つ目の卵を軽く指ではじくと中から、二本の燕の羽が飛び出し、閻魔大王の左と右の目に一本づつ貼りついた、閻魔大王は左目の羽を払い、右目の羽を払うと、払えば払うほど羽はしっかり両目にかぶさって離れない。青燕仙子は慌てずゆっくり両手をひろげ、左右から弓を射るように六回、閻魔大王の頬をひっぱたいた、閻魔大王の両方の頬が腫れると、青燕は笑いながら天から無数の燕を呼びよせ、閻魔大王の髭をすっかり啄ませてしまった。閻魔大王は跪いて助けを求め、青燕仙子が手をひくと、閻魔大王は連れて来た陰界の兵を陰風に乗せ、しっぽを巻いて逃げ帰った。

 王才と青燕仙子は黒新立の財産を村人たちみんなに分けてやり、自分たちも平穏な日々を送った。

           薜天智故事選                               1998.4.24

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