なぜ愛尼族に文字がないか

 ずっとずっと昔、漢族、泰族、愛尼族は三つの村に分かれて住んでいた。その頃はまだ漢族にも泰族にも愛尼族にも文字がなく、文字の読み書きができず、人々は豆で数を記し、たり、木片に事柄を刻んだりしていた。

 やがて三民族は文字がなくては不便だと気づき文字を探しに行こうと相談した。漢人は身に着ける服のほかは何も持たず、泰人は服とひと包みの葉っぱを持ち、愛尼人は服とひと包みの牛の皮を持った。こうして三民族の代表は一緒に村を離れ、太陽の昇る方に向かって出発した。
 三人は山があれば山を越え、河があれば河を渡り、お腹が空けば木の実を食べ、喉が乾けば冷たい水を飲み、夜になれば何処にでも野宿した。何日歩き、何日野宿したか分からない、三人は途中で白い花が二度咲くのを見、大きな木の葉が二度散るのを見て、やっと文字のある処に着いた。

 文字は三種類あって、三つの洞穴に隠されていた。三人はそれぞれの洞穴に入って一人が一種類の文字を覚えることにした。文字は石に刻まれていて、運び出すことはできない。漢人は何も持っていないから、第一の洞穴の文字をただひたすら心に刻み、泰人は持って来た葉っぱに第二の洞穴の文字を書き写し、愛尼人は持って来た牛の皮に第三の洞穴の文字を書き写した。毎日毎日、覚え、写し、何か月もかかり、三度目の白い花が咲いた時、やっとそれぞれの文字を覚え、書き写した。

 三人はそれぞれの文字を持つと喜んで村へ帰った。山があれば山を越え、河があれば河を渡り、白い花が咲き、しおれ、木の葉が散り、また繁り、だんだん村に近づいてきた。
 ある日、三人は大きな河に行き当たった、河には橋もなければ、竹に筏もない。三人は服を脱いで河を渡りはじめた、ところが河はだんだん深くなり、三人は服から持ち物まですっかり水に濡らしてしまった。そこで三人は河を渡ると山の洞穴で焚き火をし、服と持ち物を乾かした、泰人と愛尼人は服を乾かすと、文字を写した葉っぱと牛の皮を乾かした。ふやけた葉っぱを一枚一枚よく乾かすと、しわしわになり葉っぱの上の文字はくねくねと曲がってしまった、だから泰族の文字はくねくね曲がった文字になったのだ。

 愛尼人が文字を写した牛の皮は水で湿り、軟らかくすべすべになって写した文字がすっかり消えてしまい、おまけに火にあぶったのでふかふかと軟らかく美味しそうに焼けたので、三人のお腹はグルグル鳴り、美味しそうに焼けた牛の皮を三つに分けて食べてしまった、だから牛の皮の上の文字も三人のお腹の中に入ってしまったというわけだ。それで愛尼族の文字はいまでもないのだ。

 漢人は文字の一筆一画をしっかり心に刻んでいたから、水に入っても火であぶってもなくならなかった。それで漢字はいまでも四角にきちんと、はっきりと字が書けるのだ。  

        西双版納哈尼族民間故事集成                           1998.3.4

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