氏神の裁き
ある夫婦がいた。夫は子供が生まれるとすぐ東北へ出稼ぎに行き十年も帰らなかったが、この十年でどうやら五十両の金ができたので家へ帰ることにした。
途中で“女房はどうしているだろう、十年も帰らなかったのだ、外の男に気を移しているかも知れない、もしそうならこの五十両は渡せない、駄目だ、金を持って帰るのはよそう、女房はもう何処かへ行ってるかも知れない”と思い、村の氏神の廟にたどりつくと“そうだ、この金を氏神様に隠しておき、先に家の様子を見て、それからにしよう”と考えた。そして金を氏神様の像の尻の下に隠して家へ帰った。
夫は夜中になって家に着き、“トン、トン、トン”と戸を叩いた。妻はこの十年、人が来たことはないのに、こんなに晩く誰だろうと不思議に思い、子供に戸を開けさせた、すると男の人だ、子供は父親の顔を知らない、妻は“アッ”うちの人が帰って来たと大喜び、「お前のお父さんだよ、早くお酒を買って来ておくれ」と壺を持たせて子供を酒屋へ走らせた。
酒屋の店主は「おや、お前の家には男の人も酒を飲む人もいないのに、こんな夜中に酒をどうするのだい」 「ああ、おとうが出稼ぎから帰ったんだ」 「お−、それで酒を飲もうというわけだな」と店主は子供の持って来た壺に酒を注いでやった。子供が出て行くと、店主は“あの子の父親は十年も出稼ぎに行っていたのだから、きっとたくさん稼いで来たに違いない、ちょっと様子を探ってやろう”と考えた。
この酒屋と夫婦の家はほんの近くで土の塀を隔てただけだ、酒屋の店主は塀を越えてそっと夫婦の家の窓の下に行き、紙の窓に小さな穴を開けてのぞくと夫婦は酒を飲んでいるところだ、妻の声が聞こえた「あんた、十年も行ったきりで手紙も寄越さなかったから、心配していたんだよ」 「ああ、でも帰って来たじゃないか」 「あんたが稼ぎに出て十年、子供を育てあれやこれやと、あたしは随分苦労したよ、でもあんたが帰って来るの楽しみにこうして我慢してきたのよ」 夫は本当にいい妻であったと思い「お前、心配するな、金もたまった」と言った、「いくらたまったの」 「五十両」 「五十両、どこにあるの」 「ああ、お前がここにもういないと思い、金は氏神様の下に置いてきた。明日とりに行って、家を修理したり、畑を買ったりしよう」
家の中のこうした夫婦の話を外にいた酒屋の店主はみんな聞くと、忍び足でまた塀を越えるとすぐ氏神の廟へ行った、ヘイ、正に氏神の像の下に五十両あった、酒屋はその金を盗んで家へ帰った。
翌日、夫は早く起きて妻に「お前、朝飯を作っておいてくれ、俺は金をとって来る」と氏神の廟へ行った、まだ夜明け前で暗く、氏神様の像の下を手をいれると、ない、五十両がない、夫は冷や汗が流れ目の前が真っ暗になった、「ああ、神様、どうしたんだ、ここに置いた時には誰もいなかったに、これは…いったい…」夫はすぐ県知事に「知事様、わたしは出稼ぎに行き十年、やっと五十両稼ぎ、氏神様の下に隠して置きましたら、誰かに持ち去られ、十年の出稼ぎが無駄になってしまいました」と訴えた。県知事はこれを聞くと哀れに思いすぐ「よし、わしが見に行こう」と言った。
ただちに知事は役人を引き連れ、輿に乗って村の夫婦の家に赴き「お前が帰ったことを外に知る者はなかったか」と聞いた、妻が「子供を酒を買いにやりました」と答えると、知事は子供に「酒屋へ行った時、何を話した」と聞いた「酒屋のおじさんが酒をどうするのだと聞いたから、おとうが出稼ぎの東北から帰ったんだ、と言いました」 「お−そうか」とうなずいた知事は急いで外を調べた、酒屋と夫婦の家は近く、土の塀には足跡がついている、知事は「よし」と言って、役人を呼び、「今日昼三つの刻に氏神の裁きをするから村の者はみんな集まれ」と村に布告させた。
村人はみんな氏神が裁くと聞いて「これは笑い話じゃないか」 「泥でできた氏神が裁くって何の遊びだ」 「でたらめな話だ」などと笑った。酒屋の店主も“どうせ俺を捕まえることなぞできない、氏神の裁きとやらを見に行ってやろう”と考えた。
昼の三つの刻になると、県知事は氏神の堂に入り、金をなくした夫を呼び「お前の訴えを話せ」と命じた、金をなくした夫は知事の前に伏し「県知事様、わたくしは東北へ出稼ぎ、五十両稼ぎましたが、家へ帰って妻が心変わりをしているかも知れないと思い、金を持って帰らず氏神様の像の下に隠しました、これは誰も知りません、翌日この金をとりに行きましたらありませんでした、県知事様どうかわたくしの金を捜してください」 「それに違いないか」 「違いありません」 県知事が「よし、下がれ」と言い、氏神の像にむかい「人々を守り、刑罰を司どるわしが氏神に申す、汝は村人の父、母、村の大小の事情を知る立場にある、この者が汝の像の下に金を置いたのにどうして見てなかったのだ、真実を言わねば、わしは汝を罰するぞ」と言うと、これを聞いた村人はみんな笑った。
するとまた知事が「エッ、なんだって、知ってる、わしだけに話すだと、よしよし」と言うと知事は耳を氏神の像の唇に寄せると「うん…うん…、店…あ…酒屋…お…あいつ、よし」と話すと、酒屋の店主はじっとしていられなくって、押さえつけられた兎のように胸がドキドキしてきた、“アア、どうして酒屋と言ったのだろう、俺のことかな、どうして知れたのだろう、まさか…氏神が本当に話すのか”と思っていた。
すると知事は氏神に「あ−、そういうことか、わかった、それが本当なら汝を許す」と言い、それから村人に向かって「村人のみんな、この事件は明らかになった、誰がやったか、すぐ申し出れよ、罪を軽くする。申し出なければ応分に罰する」と言った。
この時、酒屋の店主の顔にはサ−と汗が流れた“どうしょう、言うか言うまいか、言わなければ俺は捕らえられる”と県知事を見ると知事の両眼はジ−ッと自分を見ている、もう逃げられない、酒屋は前に走りだしバタッと平伏すると「県知事様、許してください…これは、これはわたしがやりました」 「どうやったのだ」 「わたしはあの家の夫が帰ったと聞き、すぐ塀を越え、金をここに置いたことを聞き出して盗んだのです、わたしです、わたしの罪です」 「お前が人の金、五十両を盗んだのだな」 「はい、わたしが五十両を盗みました」 「お前は罪を認め、罰を受けるか」「罪を認め、どんな罰でもすべて受けます」 「よし、では先ず五十両を返せ」
酒屋の店主は急いで盗んだ五十両を持って来た。それを返すと知事はまた「お前罪を認めるなら、あと五十両を償え、この事件であの夫婦をひどく苦しめたのだから」と言った、「罰に従います」結局、店主は五十両盗み、百両を返す羽目になった。これが本当に“鶏も盗めず、米も失う(元も子もない)”だ。こうしてこの事件は終わった。
撫順市巻下 1998.1.18