馬鹿な息子の真似
昔、義理の兄弟がいた。義弟は女房が一人の男の子を残して死んでしまったから、父子二人暮らしである。この子は八歳で本を読み勉強し、独り者の父は夜、閑になると、よく南山の寺の和尚の所へ将棋を指しに出かけた。義兄夫婦にも一人の息子がいて、もう十八歳になるが少し頭が悪い。
義兄はある日、義弟を訪ね、門を推すと閉まっている“トントン”と二度叩くと息子が出てきて「門を叩くのは誰」「開けてくれ、わしだよ」息子はすぐ伯父さんだと分かり、急いで門を開けると「伯父さん、いらっしゃい、どうしたんですか」と言った、伯父は家に入り「お父さんは」と聞いた、「父ちゃんは南寺の和尚さんの所へ将棋を指しに行きました」 「何時帰るんだい」 「早ければもう帰りますが、晩いとあっちに泊まります」伯父は置いてある二つの手玉を見ると、手に取って転がしながら「とてもいい、とてもいい」と言った。
息子は伯父さんはこの手玉が欲しいのだなと思い、先に伯父さんから欲しいと切り出されたら、うまく断れないから先に言ったほうがいいと考え「この二つの玉は父ちゃんが大事にしているから、誰にも分けてやれないんだ」と言った。
伯父はこれを聞いて、この子は利口な子だ、わしが欲しいと言う前にわしの気持ちを察したのだと思い、続けてそばの壁に掛けてある絵を指して「これは何の絵だ」と聞くと、息子は「水墨画です」と答え、伯父が帰りかけると門まで送り「伯父さん、また来てください」と言った。
義兄は家へ帰ると、義弟の家の小さな甥のことを一通り話した。義兄の馬鹿な息子は床に寝転んでいたが、起きあがると父親に向かい「そんなこと、誰だって言えるさ、明日、客が来たら俺が言ってやるから見ててみろ」と言った。
馬鹿な息子の母親は東村の百姓の娘である。その実家の老父が朝早く起き、馬糞を拾いながら孫の家を通りかかると、もう日が高くなっているのに表門も開けてない、これでは暮らしもよくならない、娘の婿さんに一言、言ってやろうと門を叩いた。すると馬鹿な息子の父親が「ヤァ、門に誰か来た、早く行け、お前が何と言うか聞いてやる」と言って、女房と裏の窓から飛び出した。
馬鹿な息子は起き上がると「誰だ、棺桶の板を叩く馬鹿野郎は」と叫んだ。これを聞いた祖父は、馬鹿め、まともな口も聞けないのかと怒り「わしだ、早く開けろ」と怒鳴った、馬鹿な息子は門を開けると「来た来た、爺さんどうしたんだい」と言った。
祖父は怒って、じろりと孫をにらみ黙って家の中に入ると、誰もいない、「おっかさんはどうした」 「おっかぁは南寺へ行った」 「何しに行ったんだ」 「和尚と将棋を指しに行った」 「何時帰って来るのだ」 「分からない、早ければ帰るし、晩ければあっちに泊まる」、老父は娘にどうして子供をこんなざまに育てたのか言ってやろうと「おっかさんが帰ったら、わしの家へ一度来いと言え」と言うと馬鹿な息子は「あれは親父が大事にしているから誰にも分けてやれない」と言うので、祖父はあきれて「何の話だ」と聞くと馬鹿な息子は「水墨画」と答えた。
撫順市巻下 1997.12.5