書塾の師匠と娘
ある所に十数人の生徒を教えている三十歳を過ぎた書塾の師匠がいた。ある日、師匠は対句の課題を出した。
問題は“町に道教のしるしの帯をしめた坊さんが托鉢に来た、ある人がそれを見て、
<六尺の帯、三尺結び、三尺垂らす>(六尺絲
、三尺系腰、三尺墜) の句を作った。この句の対を作れ”というのだが誰もできない。
ひとりの生徒が家に帰り、眉をよせ、またその対句を考えていると、どうしたのだと姉が聞くのでことの次第を姉に話すと、姉はすぐわたしが作ってやると、
<床に敷いた綺麗な布団、寝るのはひとり、半分空いてる>(一床錦綉、半床遮体、半床閑)
とつけた。
この生徒が翌日これを師匠に見せると、師匠は「よくできた、誰が作ったのだ」と聞いた、生徒は「私が作りました」と答えたが師匠は信ぜず「それならどうして昨日答えなかったのだ、言わなければ承知しないぞ」とおどかしたので、生徒は仕方なく姉が作ったのだと言うと、師匠は「姉さんは幾つだ」と聞いた、「今年十七です」それを聞いた師匠はこの生徒の姉は年頃で色気があるらしいから気を引いてやろうと思い「よし、もう一つ出そうと、
<山高く森深ければ、樵夫も手がでまい>(山高林深譲樵夫不得下手)
」と上の句を示した。その晩この生徒がまた姉にこれを見せると、姉は心の中で“この師匠はいやらしい”と思い、
<水も石も清い流れなら漁夫は労せず魚をとる>(水清石現勤漁翁不必労神)
と下の句をつけた。
(寺内注−"おたかくとまっていては男もよりつくまい"と師匠が暗に姉をからかったのに対し姉は"余計なお世話、美しければ男はすぐくるわ"と暗に答えたのだろう)
翌日、師匠はそれを見て、これは見込みがないと思ったが、それでもあきらめず「わしはお前の姉さんにもう一句だそう」と生徒に言って、
<竹は芯は空洞でも表側には多くの枝葉>(竹本無心外辺多生枝葉)の句を出した。
生徒がこの句を家に持って帰ると、姉はすぐ
<蓮根に穴はあっても泥は少ない>(藕雖有孔内里少粘淤泥)とつけた。
この師匠はこれでもあきらめずまた一句
<なつめ、杏、梨、桃何時花開き実がなる>(
杏、梨、桃何時開花結果) と出した。
とうとうこの娘は怒って
<稲、粱、黍、麦どんな雑種が先に生える> (稲、粱、黍、麦什麼雑種先生)
とこの句につけた。
撫順市巻下 1997.12.2