蛇女房

 昔、高家村という村に高長者が住んでいた。長者には高山という十八になる一人息子がいて何時も書斎で読書していた。
 風もないよく晴れたある日、高山は両親に「読書で目がかすんでしまったから散歩して来る」と家を出た。ブラブラ歩いて村はずれに来ると、小鳥は“チィチィ”囀り、野の花、青い草、緑の木の美しく、風もない暖かなよい天気であった。
 すると突然つむじ風が起こり、だんだん強くなり高山は足をすくわれたかとみるや、空高く巻き上げられ目の前が真っ暗になり気を失った。 気がつくと高山は山の上に座っていた、つむじ風に吹き上げられたのである。東西南北も分からない、ただ目の前に一本の細い道が見えているだけである。高山はその細い道を進んだ。

 やがて日の暮れかかる頃、前に小さな草葺きの家が見えた、急いで行ってみるとしんとして何の音も聞こえない。高山は「誰かいますか」と声をかけてみた、すると中から「どなた」と声が戻ってきた。「宿を探している者です」と答えると戸が開いて娘が出て来た、高山は慌てて頭を下げ「恐れいります、私はこの村の者ではありませんが、日が暮れましたので泊めていただきたいのです、明日は出て行きますので」 「どちらの方ですか」 「高家村の者です」「こんな草深い処へどうして」 「大きなつむじ風に吹き飛ばされたのです」 「エッ、つむじ風にこんな遠くまで、怪我はありませんでしたか」 「幸い怪我は ありません」 「それはよかった、どうぞお入り下さい」

 高山が中に入ると娘は「ご遠慮なく座ってお休み下さい」と言った。高山はしばらく休んでいてこの家には娘一人しかいないことに気がつき出て行こうとした。「何処へ行くのです?ここにお泊まりなさい」 「いいえ、一休みしましたので別な処で宿を探します」 「こんな暗くなって灯もないのに何処に行くのです、この山にはほかに一軒の家もありませんよ、ここにお泊りなさい」 「山中のこの家にあなた一人なのに男の私を泊めていいのですか、白い布を染め甕の中に落としては黄河に飛び込んでも元に戻りません」 だが娘は「身が正しければ影を恐れず、整った足に履は歪みません」と言って高山を引き止めた。高山は「あなたのご好意に感謝しますが私は行くことにします」と戸を開けて出て行こうとすると、娘は高山を押さえ「あなたは動けませんよ」と高山に向かって頭を振ると、高山の両足はどうしても動かず、娘の言うままになった。

 翌日、夜が明けるとすぐ高山は起きて帰ろうとすると、娘は「三日泊まればあなたの帰り道を探して上げます、山は草が深くて道がありません、もし道を間違えて谷に入れば野獣に襲われます」と言った、高山はこの娘の言う通りだ、もし道を間違えて命を失うようなことがあれば父や母はどうなるだろうと思い、娘と一つ屋根の下で三日過ごしたが高山は帯を解かなかった、娘も高山が寝ても起きていた。そして娘は高山を礼儀正しいよい人だと思っていた。
 高山が目を覚ますともう明るくなっていた。そして娘が自分をじっと見ているのに気づき顔を赤くしながら若い美しい娘がどうしてこんな深い山の中に一人で暮らしているのかと不思議に思っていた。娘も気がついて「目が覚めましたか、よく眠れましたか、顔を洗って食事をして下さい」と言った。
 何時の間に作ったのか料理も酒も用意されていた。高山が顔を洗うと娘はまた「早く召し上がって、冷めてしまいますから」と言った、高山は喜んでお膳の前に座り食事をしながら「あなたはどうしてここに一人で住んでいるのですか、家族はいないのですか」と聞いた、「いません、あたし一人です」 「両親は?」すると娘は「細かいことは聞かないで」と言いしばらく黙っていたが、いきなり高山に「あなたどうして妻にお酒を注がさせないの?」と言った。

 「妻ですって」高山は驚いて娘の顔を見ると娘は「あたしはあなたの妻になります」と言った、高山は慌てて「私は……両親はつむじ風に巻かれた私の生死を知りません、ここで結婚を私が決めることはできません」と言うと娘は「あなたがあたしと結婚してくれるなら、すぐあなたを家まで送ります」と高山を見つめた。高山は自分だけで結婚を決めることはできないと言ったが心の中では娘が好きになり結婚を約束した。娘は喜び「あなたは早く帰ってあたしが結婚するために何時訪ねたらいいか両親によく話しておいて下さい。この家の裏にいる馬に乗り目を閉じ、馬が止まったらあなたの家に着いています」と言った。高山が「本当ですか」と聞くと娘は「あなたはどうして自分の妻が信じられないの」問い返した。

 高山は娘に別れを告げ、馬に跨ると目を閉じた、耳のあたりにサアーと風の音がして、しばらくすると馬が止まった。目を開けると自分の家の門の前であった、高山が馬から下りると馬は三回飛び上がり姿が見えなくなった。高山は「お父さん、お母さん、ただいま」と叫んで家に入った、父と母は三日も行方不明だった息子が帰ったので涙を流して喜び、母は「お前、何処へ行っていたんだい、あたしたちは悲しくて死にそうだったよ」と涙を拭いた、「私はあの日散歩しているうちに道に迷い三日間山にいたのです」 「帰って来てよかった、よかった」と両親は喜び、召使いたちも喜んだ。

 だが高山はそれから毎日、山のあの娘が恋しくて本も読めずふさぎこんでしまった。父と母はこうした高山を見て心が痛み、息子に似合いの娘を妻に迎えてやろうと考えていると、高家村から五六十里離れた処に住む美しいと評判の良家の娘を世話する仲人が来た。話はまとまって良家は大安吉日の六月十八日に式を挙げることに決まった。母が「お前のお嫁さんが決まったよ、二ヶ月先の六月十八日にお前とその娘さんは結婚式を挙げるのだよ」と言った、「何処の娘さんですか」 「南の馬長者の娘さんだよ、家柄も釣り合って可愛い娘さんだからお前も安心していいよ」 「お母さん、私にはもう妻がいます」 「エッ、何だって、お前にもうお嫁さんがいるって、仲人は誰なの」「私です」 「自分が仲人だって、どういうことなの」と母が聞くので、高山はつむじ風に飛ばされた山で、ある娘を知り結婚を約束したことを話した。母は「お前は何処の娘か知っているのかい、娘は何処にいるの」と聞いた。高山が分からないと言うと母は息子が何処かのあばずれ女に騙されているのだ、来るわけないと思い「本当に娘が来たら結婚させる」と言った。

  やがて六月十八日がきた。高長者の屋敷には赤い提灯が吊られ、親戚がみんな祝いに来た。プウプウと笛が鳴ると嫁入りの輿が着いた。結婚のしきたり通りに新郎の高山が花嫁の輿の簾を上げなければならないが、高山はこの結婚を望んでいないから書斎に隠れていた。召使いたちは花嫁は新郎が簾を上げなければ輿から下りないから高山を探した。仕方なく高山は書斎から出て輿の簾を上げると、なんと花嫁はあの山の娘であった。

 娘は赤い上着と緑の袴、頭には珠玉の簪をつけ天女のようであった。花嫁は高山が簾を上げると赤い被りものを被り輿から下り、高山と共に天と地に拝礼した。花嫁が高家の門を入り高山の両親に丁寧に礼を捧げると両親は心から喜んだ。集まった縁者たちもみんな高家はよい嫁を娶ったと話した。

 ある日、叔父の甲山の和尚が訪ねて来た。花嫁が和尚に挨拶し、煙草とお茶を出して去ると和尚は高長者の老夫婦に小さな声で「花嫁は妖精だ」と囁いた。高山の母は驚いて「馬鹿なこと言わないで、嫁は優しいよい嫁です妖精じゃありません」と言うと長者も「そうだ、こんなよい嫁が妖精だなんて」 「嘘だと言うなら法を使って正体を見せよう」と叔父が言った。この時、高山が入って来ると叔父は「お前の妻は妖精だ、わしが退治してやる」と言った、「止めて下さい、私たち夫婦は漆のように強く結ばれているから人でも妖精でもかまいません、妻は何も悪いことをしていません」と高山は強く言ったが叔父は聞かず食事の支度をしている高山の妻に向かい呪文を唱えると高山の妻は倒れてしまった、高山が倒れた妻を抱いて背負い外へ逃げ出すと、叔父は呪文を唱えながら追いかけて来た。

 高山は何処へ逃げていいか分からずただ前へ逃げて行くと大きな河があって立ち止まった、叔父が目の前に追いついた時、天地が暗くなりつむじ風が起こり一頭の虎が現れ高山の妻をくわえて走り去り、高山は気を失って倒れた。叔父はなおも呪文を唱えたがもう何も起こらなかった。

 高山が目を覚ますと妻の姿がない、泉のように涙を流して悲しみ、河に身を投げようとすると、「止めて、あたしはここよ」と言う声、振り返ると妻であった、高山は駆け寄って強く妻の手を握った。「あたしは確かに妖精です」 「お前が妖精でも私は一緒にいたい」と言った。高山の妻は人間になりたくて修行している蛇の精であったが高山が好きになり娘の姿となり、術を使ってつむじ風を起こし高山を山へ呼び一緒に暮らそうとしたのだった。

 やがて蛇の精は馬長者の娘が病気で息絶えるのを知り、術で馬長者の娘の体の中に入り馬長者の娘になってしまった。それを馬長者は娘の病気が治ったと思い込んで高家へ娘の結婚を申し入れたのだった。こうして蛇の精は願い叶って高山と結婚した。
 蛇の精は高山の妻になり叔父に法術をかけられたが虎に助けられて逃げ、また戻って高山に会い、高山が手を握って「何があっても離さない」と言った時、高山の胸にすがり「これであたしは修行が終わって人間になれました、虎とあなたの愛に救われたのです、もうあなたから離れません」と言った。

 高山も喜んで「ああ、よかった。一緒に帰ろう」と妻の手を握った。そこへ両親も来て若夫婦の手をとって喜んだ。高山と妻は両親をかばいながら屋敷へ帰った。それから高山と妻は睦まじくますます幸せに暮らした。

      姜淑珍故事選                                 1992・10・30   2001・06・07校正

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