兄の変心
昔、兄と弟が一緒に暮らしていた。二人とも妻も子供もいたが、兄は弟を私塾にやり学問をさせていた。兄の女房はこれが気にいらなくて、何時も夫に「あんた何時まで義弟に勉強させておくのよ」と文句を言った。それでも夫は義弟を塾に通わせるので、兄の女房はこれを止めさせようと、あることを考えついた。
ある日、兄の女房は義弟に卵とじを作り、上にごま油をたっぷりとかけておいた。弟はまだ若い青年だから、塾から帰ればお腹が空いている、兄の女房が鍋の卵とじを自分で椀に盛って食べるように言うので、弟は鍋の卵とじを椀に盛りつけたが、たっぷり油がかかっていて熱く、思わず椀から手を放し、卵とじを椀ごと下に落としてしまった、それを見ると兄の女房は大声で夫を呼び、「あたしがせっかく卵とじを作ってやったのに、捨ててしまうなんて、これでもあんたは義弟に学問をさせるの」と叫んだ。
兄はこれはまずいと、すぐ弟に「俺がお前に学問をさせているのに、俺の女房が料理してやった卵とじを有難いとも思わず捨てるなんて態度が悪い、どういうつもりだ」と言った、それを聞くと弟は何の言い訳もせず、家を出て北の異郷へ行った。
北の異郷には文字のわかる人が少なく、弟が本を読めることがわかると、すぐ商家の帳簿を任されるようになった。この地方では豆腐は帳簿に四角を描き、はるさめは帳簿に線を描いて数を記していたのだから、弟が帳簿係りになり何でも文字や数字で記せば、便利で正確だし、計算もできたから重宝がられ、二三年の間、家には手紙を出すだけで帰らなかった。
弟の女房は心配になって「義兄さん、うちの息子を連れて夫を尋ね、どうして何年も帰らないのか見て来てくれませんか」と頼んだ、兄は少し考えて十歳になる弟の息子を連れ、北の異郷の弟を尋ねると、弟は「兄さんと息子に会えたから、俺は今は帰らない、兄さん、俺の稼いだ金と息子を連れて帰ってくれ」と帰ろうとしない。
それで兄は弟の息子とまた帰った。途中で兄は弟から預かった大金を見て悪い考えを起こし、宿屋に弟の息子を売ってしまい、家に帰ると弟の女房に「探しても弟はいなかったし、お前の息子もいなくなった」と嘘をついた。それを聞くと弟の女房は驚き悲しみ、死んでしまいたいと大声で泣いた。兄夫婦は弟の女房に再婚の相手を見つけ家から出してしまおうと考えていた。
この頃、弟は北の異郷で“兄貴が俺の息子を連れて帰ってから胸騒ぎがするのはどうしてだろう”と不安になり、家へ帰ることにした。商家の主人は弟に早くまた戻って貰いたいから馬を用意てくれ、馬に乗って帰ったが、ある宿屋の前で馬はどうしても進まなくなり、弟は仕方なくその宿屋に泊まることにした、ふと、宿屋の小さな使用人を見ると、なんと自分の息子ではないか、「お前どうして伯父さんと帰らず、こんなところで何しているのだ」と聞くと、息子は「俺にもよくわからないんだ、伯父さんがいなくなると、この宿屋に住み込みで働かされ、帰して貰えない」と言う、弟はすぐ宿屋の主人に、これはどういうわけか聞くと、主人は不思議そうな顔をして「この子は数日前にある人から買い、うちで働かせている」と言った。
「これは俺の子だ、あんたが払った金はわたしが払うから、息子を連れて行くが、いいかい」宿屋の主人は二人が親子だとわかり、弟から金を受け取って承知した。弟は息子を馬に乗せて帰った。
その日に兄は弟の女房をだまして嫁がせようとしていたが、まだその相手が来ないうちに、弟の親子が帰って来た。息子は家の前で「おっかさん、早く開けて」と叫ぶと、弟の女房はびっくり「あんたたち、あの世から来たのかい」と言うと、弟は「一言ではいえない、早く戸を開けろ」と怒鳴った、弟の女房が門を開けると、本当に自分の夫と息子だった。
兄は弟が息子を連れて帰って来たと聞くと、恥じて面目を失い、首を吊って死んだ。しばらくして、弟の女房の再婚相手が来た、見ると娶る女の息子も父親も揃っている、これでは娶ることはできない、無駄な金を使ってしまったと、無理やり兄の女房を嫁入りの車に乗せて行ってしまった。
沈陽市巻中 1997.10.9