関財と黄河
俗に“不見棺材不落泪、不到黄河不死心”(棺桶を見なければ涙を落とさない、黄河に行かなければあきらめない)と言うが、それには世間にこんな話が伝わっている。
昔、ある山の麓の村の金持ちが豆腐屋を開き、何人かの店員を雇った、そのなかに関財という若者がいた、関財は親兄弟も家もないみなし子だったから豆腐屋に住み込みで働いた。関財は賢く、器量もよく、それにいい声で歌を歌い、豆腐を売ると、買う人がどんどん増えて、車に積んだ豆腐はみんな売り切れた。こんなわけで、豆腐屋の主人は関財を豆腐の外売りの店員にした。
ある日、関財は車を押して豆腐を売りに行き、黄長者の門前に車をとめ、歌いながら豆腐を売った。黄長者の一人娘の黄河がこの歌声を聞いて喜び、下女に「門前のいい声で歌を歌っている豆腐屋を呼んでおいで」と言った。下女は表門に出ると関財の前に行き、「うちのお嬢さまが、中に入って歌って欲しいと言ってるけど、どうかしら」と聞くと、関財は「いいですよ」と答えた。 関財は下女について黄河の部屋へ行き、戸を開けると、お嬢さまは柳のような細い腰、髮は烏の濡れ羽色、潤んだ丸い瞳、赤いさくらんぼの小さな唇、軟らかくつやつやした肌、まるで天女のようだった。関財は見惚れてしまい、下女の「歌ってください」の声で我にかえり、「歌います、歌います」と言って喉をふるわせ、歌をいくつも歌った、黄河は喜び関財が帰る時、下女に言いつけて幾らかの銀貨を与え、関財を門まで送らせた。しばらくして黄河が関財を家の中に呼んで歌を歌わせたことを黄長者が知り、噂になるのを恐れ、下男に関財が門前で豆腐を売るのを許すなと伝えた。
さて、関財は黄河に会ってから毎日々々黄河を想い焦がれたが会うことがきず、ただ黄河を恋しくて、何も食べず飲まずでだんだん痩せていき、やがて病気になってしまった、息絶える前に「黄お嬢さま、黄お嬢……」と言ってこときれた。豆腐屋の主人は関財に肉親がないので、薄い板を買い棺桶を作り、村の無縁仏の墓地に埋めた。
ある日、南方の異人がこの墓地を通りかかり、関財の土饅頭を見てこれは誰の墓かと聞いた、付近の人が「これは村の豆腐屋の使用人の墓だ」と答えると、南方の異人は村の豆腐屋へ行き「百両だすが、あの使用人の墓を売らないか」と言った、「買ってどうするのだ」「死人の心臓が欲しいのだ」「死んだ人の心臓を何にするのだ」「とにかく俺はいるのだ、売るか売らないかどっちだ」豆腐屋の主人は、わしは関財の葬いに二十文だしただけなのに、この南方の異人は百両だすと言う、これはちょっとした金儲けになると考え、すぐ「売ろう」と言い、南方の異人から百両の銀貨を受け取った。翌日、南方の異人は墓を掘り、関財の心臓をとりだして瓢箪の中に入れ「お前の体は死んでも心は死んでいない、歌ってくれ」と言うと、これは不思議、関財の心臓は瓢箪の中で歌いだした、南方の異人はこの瓢箪を持ち歩き、歌を歌わせて人に聞かせ金をとった。
あちこち歌わせているうちに、ある日、黄長者の表門に来て歌わせると、人がどんどん増えてきた。歌を聞くのが好きな黄河は瓢箪の中から歌が聞こえると聞いて、とても不思議に思い、下女をやって南方の異人を家の中へ呼び瓢箪に歌わせた。その歌声が関財の歌声にそっくりなので黄河はますます不思議に思い「この瓢箪はどうして歌を歌うのですか」と聞いた、すると南方の異人は「この瓢箪の中にはある人の心臓が入っています、この人は恋の病で体は死んでも、心は死なずにいたので、わたしが百両でこの人の心臓を買ったのです、だから愛する人に会えばこの人の心は死に、心臓も死にます」「この人の名を知っていますか」「たしか関財とか聞きました」それを聞くと黄河はわたしが関財を殺してしまったのだとドキッとし、心の中で“わたしが家に呼んで歌わせなければ、関財は死ななかったのだ、関財は私をそんなにも恋していたのか”と思い瓢箪を抱いて涙を流すと、黄河の涙は瓢箪の中の関財の心臓の上に落ち、関財の心臓は歌うのを止めた、南方の異人は「これはまさに、“関財に会わなければ涙を落とさず、黄河に会わなければ死ねなかった”と言うべきです」と言った。
黄河は泣きながら「三百両だすから、この人の心臓を売ってください」と言った。南方の異人は瓢箪が歌わなくなれば、見物人から金もとれないと思い、すぐ黄河からお金を貰い関財の心臓を売った。黄河は赤い布で関財の心臓を包み七日七晩抱いて泣くと,関財の心臓は死んで黄家の墓に埋められた。 それから人々は、あることを最後まであきらめないことを“不見棺材不落泪、不到黄河不死心”と言うようになった。
中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中
さて、1998/01/25 の朝日新聞によれば、味と美声で客を魅了する「歌う豆腐屋さん」が本当に岐阜県においでになるとか。
毛沢東の詩に『天高く 雲淡くして、望断す 南に飛ぶ雁。 長城に到らざれば好漢にあらず(不到長城非好漢)指を屈すれば行程二萬』がある。