葉で身を隠す
顧 * 之は晋朝時代の著名な画家である。彼の描く人の姿は真に迫り、呼べば画面から抜け出てくるように生き生きと描かれていた。顧は人の像を描いても目を描かない。人が何故、描かないのかと聞くと、「わしが目を描かなくても、その神髄は伝わるのだ」と答えた。それで顧の描いた絵は人々に珍重されていた。
顧の性格はお人よしで、滑稽なところがあり、誰もが顧と付き合い、冗談を言い交わしたがった。さて当時、“蝉隠れの葉”という話が伝えられていた。蝉は我が身を隠す時、上に木の葉をかぶせる、こうすると蝉はほかの虫や鳥たちに見えなくなるから、この木の葉を“蝉隠れの葉”と言っていた。もしこの葉を手に入れて身を隠せば、他人からは自分が見えなくなると言われ、人々は“蝉隠れの葉”を至宝だと言っていた。
ある日、顧の友人の桓玄が一枚の柳の葉を拾って来て、顧の前に差し出し、真面目な顔で「これは“蝉隠れの葉”だ、これで身を隠せば、そばの人には君の姿は見えなくなる」言った。これを聞いた顧は本当だと思い込み非常に喜んで、すぐその柳の葉を目の上にあてがった。すると桓玄はわざとあちこち見回して、大声で顧の名を呼び「君は何処にいるのだ、俺には君がみえない」と叫んだ。それから、桓玄は顧に向かって小便をかけたりして、如何にも顧がみえないような素振りをして見せた。顧は本当に“蝉隠れの葉”が自分の体を見えなくしているのだと信じ、この柳の葉を大切にしたという。
後にこの顧の事が世間に笑い話として流布し、人々は顧には三絶妙があると言った。「絶妙な才、絶妙な絵、絶妙な阿呆」 この物語は<晋書・顧 * 之列伝>にある。 「桓玄一葉ノ柳ヲ与エテ曰『コハ蝉隠レノ葉ナリ、コヲ取リテ自ラヲ隠サバ、人、己ヲ見ズ』 * 之喜ビ、葉ヲ持チ自ラヲ隠ス、玄溺レテミセルヤ、* 之ソレ己見エズナリヌト信ジタリ」 後の人がこれで“一葉障目”の成語を作り、目先の小事に眩み大所高所を見失う比喩とした。“一葉障目”はまた“一葉蔽目”とも作る。
<成語故事三百篇>・北方婦女児童出版社 1997.7.28