易者の張先生
清朝嘉靖年間、孟州城の南にあまり賑やかではないが一本の街道が通っていた。
街道の南北の十字路に人の高さほどの塀に囲まれた青瓦の家にがある、門の右にある木に“易八卦”の看板がでている。
ここの易者の姓は張、名は文挙、字は真、年は五十前後である。背丈は人並、でっぱったひたい、色白であご髭もなく、どうということもない風体だが天文、地理に通じ博学で、その占いには霊験があり、孟州城で知らない人はなく、人はみんな張先生と呼んでいた。先生の住まいは静かな所だが多くの客で門前は市のようであった。
孟州の城外二里に小さな村がある。その村に李柱、王氏夫妻の家があった、二人が夫婦になって十日もしないうちに李柱は出稼ぎに行き、そのまま三年も帰って来ない。家に独り残された王氏の生活は寂しく貧しかった。一人の若い妻だけの家に話しに来る者もなく夜はいっそう寂しい。王氏は毎日門の前で一日も早く夫が帰らないかと待ちわびていた。
ある日、王氏は夫が帰るような気がし、瞼がピクピクして胸騒ぎがしていた、すると向かいに住む徐婆さんが慰めにやって来て「お前さん、城内の張先生を訪ねて占って貰ったら、もしかするといい卦がでるかもしれないよ」と勧めた。王氏はまだ卦を立てて貰ったことはないし、何か悪い卦を聞くのも怖いから本当は行きたくないけれど、徐婆さんが再三勧めるのでその気になり、家を綺麗に片付け徐婆さんに留守を頼み城内へ行くことにした。
王氏が張先生の鑑定所へ行くと、部屋の北側の机の前に瓜形の帽子を被り、青色の長い服を着た三十過ぎの男が両手に書物を捧げている。精神統一をしているのか、王氏が入って来たのもに気づかない。
王氏は「先生、わたしに卦を立ててください」と言うと、その先生は「アッ」と声をたて手に持った本を落とした、そして机の前の王氏を見て「奥さん、卦を立てるんですか」 「はい、先生、わたしの夫は出稼ぎに行って三年も帰らず、音信もないのです、夫はどうしているのか、どうか先生占ってください」 「奥さん、私の卦には、札を引く、字を書く、話すの三つの法がありますがどれにしますか」 「わたしは字は読めないし書けませんから、札を引きます」
すると、その先生は箱を持って来て「この箱の中の札を引いてください」と言う、王氏は手をのばして一枚の札を引くとその先生に渡した、札には“堆”の字が記されていた、先生はしばらく考えてから「奥さん、ここに書いてある字を見ると、卦は“大凶”出稼ぎのあなたの主人は死んでいます」 聞いた王氏の胸には一万本の矢がささり涙は糸のように流れた、泣きながら「死んでる、まさか……」 「奥さん、説明しましょう、あなたの引いたのは“堆”の札、堆の字の左は“土”右は“主”の字に一画多い、また上下が“土”その中間に“イ(人)”、だから“人”の左右が“土”これは人が埋められている形です、つまり死んで埋められていることです。だから私はあなたの主人は死んでいると言ったのです」
あまりのことに王氏はおわりまで聞かずに門の外に走りだすと、ちょうど戻って来た本当の張先生と真正面からぶつかってしまった。張先生は何が起きたのか分からず驚いて「奥さん、何を泣いているのです、私に話してください」と言うと、さっき王氏を占ったの男が出てきて「この奥さんが占いに来て、私があなたの主人は出稼ぎに行った土地で死んでいると占ったら、泣きはじめたのです」 「奥さん、もう泣かないでください、私が改めて占ってあげます」張先生は王氏に「さあ、中へ入りなさい」と言った。
王氏はまた張先生と部屋へ戻った。張先生は机の上に置かれた札を見て男に「これかね」と聞いた、男はうなずいた。張先生は札を見ると “ハハハ”と笑って「奥さん、おめでとう、あなたの主人は死んでいません、出稼ぎ先で儲けていますよ……信じませんか」 王氏は溜め息をついて、口では何も言わなかったが、心ではわたしを騙しているのではないかと考えていた。張先生は「あなたの引いた札の “堆”の中間の“人”は埋まっているのではなく、立っている“人”です。左右の“土”は足の下です、金銀を身につけて土に立つているのです。あなたの主人はお金を持って生きています」
王氏は半信半疑の目で先に占った男を見ると、張先生は「これは私の弟子です、あなたに間違った占いをした弟子をどうか許してやってください」 でも王氏は張先生の占いを聞いても気は晴れず、懐からハンカチを出して頬の涙を拭くと泣き笑いをして、「では、わたしの夫は何時帰って来ますか」と聞くと、張先生は「それではもう一度札を引いてください、見てみましょう」と言った。
王氏はまた箱から札を引いて先生に渡した、渡された札には“醋”の字、張先生は「“醋”この字の左は酉、右は二十一日、あさって酉の刻に帰ります」と言った。それで王氏はやっと喜び、家へ帰った。
さて、話をはしょることにしよう。王氏は二十一日は忙しく酒、料理を酉の刻の前に食卓一杯に用意し、箸も二人前並べて夫の帰りを待った。酉の刻がくると李柱は旅の袋を担いで帰って来た、李柱は食卓に酒、料理がならび箸も二膳おいてあるのを見て、李柱は妻が不倫をしているのではないかと疑い、家に入るとすぐ笑顔が消えて沈んだ顔になり「お前は一人なのにどうして、箸が二人前おいてあるのだ、どこかの男となれあっているのではないか」と言った、王氏は笑って「わたしはあなたが今日帰ると分かったので、あなたのために用意したのです」 「嘘つけ、どうして俺が今日帰ると分かったのだ、ずるい言い訳はやめろ」と李柱は火のように怒り、妻の話しも聞かず王氏の頬を叩いた。
王氏は泣きながら城内での占いの事を話したが李柱の怒りはおさまらず「俺は今から城内に行って聞いて来る、そうならばいいが、そうでなかったらみだらな女は離婚する」そう言うと李柱は転がるように門を出て行った。
李柱は城内の張先生の鑑定所で事情を聞き、自分には妻の優しい心の一片もないことを自覚し恥ずかしかった。李柱は張先生に銀貨を出そうと懐に手をいれ先ず手拭をだし、それから金をだした、それを見た張先生は「早く帰りなさい、あんたの妻が大変だ」 「どうしてわかります」 「今あんたが懐から“きれ(巾)”を出す動作を見てわかった、“口”の下に“巾”の字を組み合わせると“吊”の字になる。あんたの妻は家で首を吊る」李柱は慌てて金をおくと家へ帰った。だが妻はすでに梁で首を吊って自殺していた。李柱は悲しみにくれたが、今になってはもうおそい。
さて、李柱の悲嘆はしばらくおいて、孟州城の県令王大人について話そう。
この王県令は着任して半年たらずであったが、茶のみ話に張先生の占いの霊験の話を聞き興味をもち試してやろうと考え、ある罪人を牢屋から出して、体を洗い髭を剃らし、県令の服を着せてから、この罪人に自分の計画を話し、うまくやれば褒賞を与えると告げた。
偽の県令は輿に乗り四人に担がせて張先生の鑑定所へ行き、輿を門前に降ろさせ「県令大人のおでましだ、出迎えろ」と言って輿の中から、胸をはり手を後ろにまわして下りて来た。張先生は急いでこの偽県令の前にでると畏まって「県令大人がお出とは知らず、失礼いたしました、お許しください」と頭をさげると、偽県令は「よい、許す」と手をふった、張先生は手をひろげ「どうぞお入りください」と丁重に申し上げると、偽県令は少しも遠慮せず、ズカズカと部屋に入り椅子に座った。
弟子がお茶を差し出すと、すぐ張先生は「県令大人は何用でこちらにお越し下さいましたか」と聞いた。「先生の占いはよくあたると聞いて、占って貰いに来たのだ」 「どんな方法で占ったらよろしいですか」 この偽県令は読み書きできないのが、バレてはいけないと口で話そうと思い「先生、わしは字も書かず、札もひかず、言葉にする。卦があたればまあよいが、違えばお前の卦に金を払わぬ、わしはどんな人間か」
張先生は偽県令をみて「あなたの服と帽子を見ればあなたは県令という大官だが、あなたの言葉をもとにすると違う、あなたの“わしはどんな人間か”と言う言葉で言えば“囚人”です」 偽県令は“囚人”と聞いて顔色を変え「何を根拠に言うのだ」と聞いた、張先生は慌てず「話す“口”と“人”を合体させ一字にすれば“囚”です、違いますか」偽県令は何も言えず占いの金を払って、しおしおとうなだれて役所に帰るしかなかった。
さて本当の王県令はこの計画が失敗したのはあの囚人が無能だったからだと自ら行くことに決め輿を用意させて易の鑑定所に赴いた。王県令は来訪を告げ、出迎えさせ、部屋に入ると先に「高名は聞いている、今日は教えを請いに来た」 「これは、これは」 「遠慮はいらぬ、わしはどんな人間か占え」 「何で占いますか」 「字を書く、書いた字で占え」 張先生は弟子に紙と筆を用意させると「どうぞ」と言った。
王県令は筆をとって“人”と書き、筆を“人”の字の上の方におくと筆が転がって“人”の字の上に重なり、“人”の字が“大”の字になった、張先生は笑い「御覧なさい、あなたの書いた“人”の字の上で筆がとまり“大”の字になりました。あなたが本当の県令大人だからです」
王県令は占いがあたったので「これは霊験!」とほめた。だがまだ心では疑い門の外に出ると、一羽の燕が目にとまり軒下の巣を見つけ子燕を捕まえ、手の中に握つて戻り張先生に「わしの手の中に何があるか」と言った。張先生が「何か言葉を言ってください」と言うと王県令は周囲を見回し、机の上の扇子を見て「扇」と言った、張先生は扇子を畳んで「“扇”は“戸”の字と“羽”の字の組み合わせです、“戸”は家で“羽”は鳥の毛、家の中いる鳥は燕、大人の手の中は燕です」と答える。
王県令はすぐ「燕は死んでいるか生きているか」と言う、張先生は心の中で、生きていると言えば殺すだろう、死んでいるといえば手をゆるめるだろう、これは先ず生きていると言いそのあとすぐ死んでいると言えばいいと考え「燕は生きています」と言い、王県令が手を動かすとすぐ「燕は死にました」と言った。王県令が手を広げると子燕はひねられて死に、手は絞りだされた尿で濡れていた。
撫順市巻下 1997.6.9