月順と星順
何時のことか分からないが、まだ人も少なく、虎や狼がほうぼうにでた昔の事である、深い山奥の谷間にたった一軒、母と三人の子が住む家があった。
姉の月順は八つ、弟の星順は六つ、いちばん下の男の子はまだ母親に抱かれて乳を飲んでいた。一家は父親が早く死んで楽ではなかった。母親は外に出て金持ちの家の布を織ったり、米を搗いたりして稼ぎやっと子供たちを食べさせていた。
ある日、月順の母はある金持ちの家の祝い事の手伝いに出かけ、日暮れになって貰った餅を頭にのせ家へ急いだ。山道を行くと二つの目を提燈のように輝かした大きな虎が寝そべっている、見つからないようしたが一瞬早く虎に見つけられてしまった。
虎は牙をむき出して近づいて来る。月順の母はもう逃げられないと「虎さん、許して下さい、家には三人の子供がいてわたしがいなければ暮らしていけません」と助けを求めた。虎は伸びをすると悠然と「ウム−、だがわしは何日も何も食べず死にそうなんだ、よし、それならお前の頭の上の餅をかわりに食べさせろ」と言った。月順の母は礼を言って餅を一つ虎に投げると急いで逃げた、しばらくするとまた虎が追いつき食べ足りないと言う、月順の母は仕方なくまた一つ餅を投げた。こうして十六の山を越えると十六あった餅をみんな虎にやってしまった。
やっとあと二つ山を越せば家に着くところまで来ると虎は最後の餅を食べてまた追いつき、月順の母の前に座りランランと目を輝かし、涎をたらしながら「俺の腹はまだペコペコだ、お前の腕をよこせ」と月順の母の左腕を“ガブリ”と食べた。片腕を食い千切られ痛くてたまらないのにそれでも片手があれば、子供たちを育てられると、かまわずに命からがら逃げた、けれども虎はまた追いかけて来て月順の母の右腕も食べてしまい、最後には行く手を遮って憎く憎くそうに「俺の腹はまだ減っている、こうなったからにはお前は俺に食べられてしまうのが一番いいんだ」と言うが早く、月順の母を押し倒し、帯を噛み切ると、アッというまに骨も残さず月順の母を食べてしまった。 虎は月順の母を食べてしまうと三人の子供のことを思い出し、口の血を爪で掻き落とすと頭と尾をふり月順の母に化け、月順の家へ向かった。
さて月順は二人の弟をかばいながら母の帰りを待ち焦がれていた。すると外からボトボトと足音がする。星順は喜んで「かあちゃんだ、かあちゃんが帰って来た」と言うと、虎はしゃがれた声で「あ−い、かあちゃんが帰って来たよ、早く戸を開けとくれ」と答えた、月順は駆け出そうとする弟を引き止め、「お前の声はかあちゃんの声じゃないよ」と言うと虎は「馬鹿な子だね、かあちゃんは一日働いて喉がかれ声がかすれているんだよ」と騙したが月順は信用せず「お前の手をだしてごらん、わたしがかあちゃんの手かどうか触ってみるから」と言った、虎はしょうがなく戸の隙間に手をいれた、月順が触ると毛がもじゃもじゃしているので驚いて「お前はかあちゃんじゃない、かあちゃんの手にはこんな毛はない」と言うと、ずるい虎はまた「馬鹿な子だね、お前はかあちゃんの手もわからないのかい、かあちゃんは今日は祝い事の家で働いて餅を作ってお米を搗いたから籾がついたんだよ」と嘘をついた。
月順は驚かなかったが、弟の星順は何もわからないまま怖くなって戸を開けてしまった、すると虎は勢いよく家の中に入ると小さな弟に乳を飲ますように抱き、わざとらしく月順と星順に「お前たちお腹がすいたろう、かあちゃんがすぐ何か作ってやるからね」と言い台所へ行った、しばらくすると“ガリガリ”と何か噛じる音がしてきた、星順は涎がでて「かあちゃん、何食べているの」 「おいしいもんじゃないよ、かあちゃんが働いた家で貰った炒り豆だよ」 「かあちゃん、あたいも食べたい、あたいに早くおくれ」と台所の戸を開けた、その時、月順が開いた戸の隙間から見て飛び上がるほど驚いた、なんと大きな虎が小さな弟を食べていたのだ。月順は急いで弟の星順の手をとると裏口から逃げ出した、姉弟は走って走って刈り取られた高粱畑の中の一本の大きな柳の木に登った。
虎は小さな弟を食べてもまだ食べ足りなくて月順と星順を食べてやろうと部屋に戻ると、誰もいない、虎はさすがに人の匂いを嗅ぎつけ、匂いを嗅ぎながら追いかけ真っ直ぐに柳の木の下に来た。見ると姉弟は木の上にじっとしている、虎は木に登ろうとしたが登れない、虎はその昔、猫にいろいろ術を習ったが木に登ることだけは習わなかったので木に登れないのだ。
虎は仕方なく「いい子だね、お前たちどうやって登ったんだい、かあちゃんに教えておくれ」と聞いた、月順は「家から小刀と油を持って来て、まず木の皮を小刀でつるつるにしてからその上に油を塗れば登れるよ」と言った、虎は大急ぎで小刀と油を取って来て木の皮をつるつるにしてそのうえ油を塗ったからすべってどうしても登れない。人のいい星順は本当の虎の怖さを知らず、虎がまごまごしているのが可哀相になり、斧で木を削り足場を作れば登れると教えてやった。虎はすぐ斧を取って来て、木を削り足場を作った、月順は虎が登って来ようとしているのを見ると慌てた。
しかし、天に登る道はないし、地面にもぐる門もない、どうしよう、月順は母がいつもお日さまは人を助けてくれると話していたことを思い出して、手を合わせて空にむかい「お日さま、お日さま、哀れなわたしたちに梯子を下ろしてください、わたしたちは虎に食べられてしまいます」と祈った。すると、不思議、不思議、天からゆらゆらと縄梯子が下りてきた、月順と星順は梯子を登って逃げた。虎は力を出し尽くしてやっと木に這い登ってみると、姉弟はまた天へ登って行く。
虎は食べようとする肉が天に登って行くのを黙って見ていられるかと、月順が手を合わせて天に祈ったのを真似して「お日さま、お日さま、哀れなわたしに梯子を……」と祈った、すると不思議、お日さまは虎にも梯子を下ろしてくれた、虎は喜んで梯子を掴み上へ這い上がって行った、しかし、お日さまが虎には腐った縄梯子を下ろしたとは気がつかないでいた、もう少しで月順の足に触れるところまで来ると“ガサ”と音がして梯子は切れ、虎は空に投げ出されて落ち、ちょうど刈り取られた高粱の茎の根の上にお尻が刺さり血が流れ、高粱の茎の根を赤く染めて虎は息絶えた。
それから、暗い夜の空にまん丸い月とキラキラ光る星が現れるようになった。伝説によれば月は姉の月順、星は弟の星順が変わったのだと言う、そして秋に刈り取る高粱の茎が赤いのは虎の血で赤くなったのだ言う。
撫順市巻上 1997.5.8