子授け観音

 昔、姚広寧という磁器の像を造る職人がいた。花や鳥を造るとまるで生きているようだった。なかでも観音像はまことに優美で見る人はみんな感嘆し、姚広寧を“観音大師”と呼んでいた。“観音大師”と呼ばれた姚広寧は何の不足もなかったが、たった一つ気にかかることがあった。
 それは一人の子もなかったことで、姚広寧は何時も他人の子供をぼんやりと眺めていた。それを見ると姚広寧の妻は悲しくなって目に涙を浮かべた。 ある日、姚広寧は造った像がみんな生きている夢を見た。

 観音菩薩は天性美しく端正なのに、この日は意外にも飛び跳ねるように踊っていたので弥勒仏と笑い羅漢はいいところを見たと笑い「観音さん、あなたは千金出しても笑わせるのは難しいと聞くけど、本当?」とからかった、観音は何も言わず聞こえないふりをすると、弥勒仏は観音の前で体をくねらせながら「人はあなたは笑っても歯を見せないと言うけど、猫をかぶっているのじゃないの?観音さん、もしわたしがあなたを笑わせたら、わたしと結婚してよ」と言った。
 すると観音は怒って一言「無頼漢!」と言うと弥勒仏は「無頼漢なら無頼漢でいいさ」と言って、着物を脱ぎ丸い大きなお腹っを出し、お臍を突き出して走ったり、跳ねたりすると、お腹の皮がダブダブと揺れた、弥勒仏はお腹を叩きながら「観音さん、観音さん、怒るな怒るな、あやまるよ。許してくれるなら笑い、嫌ならわたしのお腹をひっぱたいておくれ」と喋りまくった。観音は笑うまいと思っていたが、弥勒仏の妙な恰好や変な声に我慢しきれなくなって体を揺すりプッと笑いだし、額を弥勒仏の大きなお腹にぶつけてしまった。弥勒仏は観音のこのさまをいいことに、恥ずかしくって顔を花のように赤くした観音をそのまま抱きとめた。

 こんなことがあってから観音のお腹は一日一日と大きくなった、観音は慌てて「弥勒さん、どうしよう」と泣き出した。しかし弥勒仏は平気な顔をして「心配するな、わたしが“観音大師”に可愛い子を抱いた観音さんの像を造って貰うから、あなたはこれから“子授け観音”になればいい、どうだい」と言った。観音は弥勒仏にまかせるより仕方なかった。

 さて、姚広寧は夢から覚めると、この不思議な夢を妻に話した。妻は夢のあらましを聞くと、少し考えてから「それはいい夢だわ、観音様が可哀相だから助けてあげたほうがいいわ、観音様を助ければ徳を積み、心が洗われ、この世では子供に恵まれなくても、来世ではきっと大勢の子や孫に恵まれるわ」と言った。

 こうして姚広寧と妻は一緒になって子授け観音像を焼き上げた。これを聞いた子宝に恵まれていない女の人があらそってこの子授け観音像を買いに来た。そしてこの子授け観音像を買った人はみんな心にかなったよい夢を見て可愛い太った子宝に恵まれたそうである。     

            中華文化通俗叢書・景徳鎮瓷俗                           1997.5.5

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