犬の息子
昔、子供のないお婆さんがいました。お婆さんは子供が欲しくて、神様に「わたしは息子も娘もいません、犬の子でもいいです、どうか授けてください」と祈りました。
するとその年、本当にお婆さんに小犬が生まれました。
小犬は丸い目、しっかりした耳、真っ黒な毛なみ、真っ白な足の小犬になり、お婆さんは嬉しくてたまらなくて、いつも人に見せびらかしていました。
お婆さんが小犬を抱き母子二人で町へ行くと、町の人は「見ろ見ろ、あの婆さんは犬の子を生んだんだぜ」と言いはやしました。お婆さんはそれが気にいりませんでしたが、心の中で“犬の子だろうが、猫の子だろうがわたしの息子だ、お前さんたちの息子はわたしの息子よりいいとでも言うのかね”とつぶやきながら犬の息子の頭をなで、大威張りで人前を歩きました。
ある日、お婆さんは廟のお祭りの芝居を犬の息子と一緒に見に行きました、ところが舞台の前は大勢の人でとても芝居どころではありません、お婆さんは犬の息子をひいて帰ろうとしましたが、犬の息子はどうしても帰ろうとしません。
お婆さんは犬の息子に「お前芝居が見たいのかい」と聞くと犬の息子は“そうだ”と言うように首をふりました、「おっかさんは年をとって人ごみは疲れる、先に帰って村はずれで待っているから芝居が終わったら急いで帰っておいで、おっかさんを心配させるんじゃないよ」と言ってやると、犬の息子は“わかった”と言うようにまた首をふりました。
それを見てお婆さんは二三歩帰りかけましたが、また戻って「息子や、人に叩かれたり、足を踏まれたりしないようにね、人に連れて行かれそうになったら逃げるんだよ、子供が呼んでも行くんじゃないよ」と言って聞かせました、犬の息子はまたうなずきました。お婆さんはふりかえりながら歩いて行きやがて見えなくなりました。
それから犬の息子は人のいない静かな土手に行くと、くるりと体を返して藍の服に靴、帽子を身に着け手には扇子を持ったかっこいい貴公子に変って、ゆっくりと芝居を見に行きました。
ちょうどこの時、この町の張長者の娘が下男と下女を供に連れ、芝居を見ていました、娘はこの貴公子を見て“この素敵な貴公子はどこの方かしら、わたしは何としてもこの方を婿さまにしたい”と心に思いました。犬の息子の貴公子は娘が自分を見ているのが分かると目をそらして“この娘は賢そうだな、こんな娘を嫁にすればおっかさんを楽にしてやれる”と考えました。
こうして二人は互いに目を合わせ、芝居の歌は少しも耳にはいりませんでした。犬の息子はおそくなっておっかさんを心配させてはと急いで人ごみから抜け出してまた人のいない土手に行き、くるりと体を回すと犬に戻りお婆さんの所に走って行きました。
長者の娘は犬の息子の貴公子を見てから家に帰っても、貴公子のことを想い続けていました、その様子を見抜いた母親は長者に「世間では“女の十八は家においても、出しても心配だ”と言うけど娘はあの芝居から帰ったあと何か悩んでいる、きっと恋しい人ができたに違いない」と言いました。父親は「それじゃよく聞いてみよう」と言い夫婦そろって「お前、好きな人がいるのかい、どんな人か言ってごらん」と聞きただしました、娘は “幸せを掴むにはあの人を捜さなければ”と思い、事の次第を話し「お父さん、高楼を作ってください、そうすればあたしが高楼から絹の毬を投げてあの人を捜します」と言いました。
長者は「それはいい方法だ」と言ってすぐ高楼を作り、そこから娘が絹の毬を投げ、それを受けた者を婿にすると世間に告げました、こうすれば誰だって来ない者はありません、四方八方から人が集まりました、犬の息子も駆けつけました、高楼の前は人で埋まりみんな身軽なしかも新しい服を着て、誰もかれも目を輝かして長者の娘の絹の毬をとろうと待っていました。長者の娘は毬を抱えて高楼に登り、毬をあげてあの貴公子を捜しましたが分かりません、長いあいだ毬を上げたままなので腕が痺れてきました。でも高楼の下では人々が押し合いへしあい、みんな手を伸ばして毬を奪おうと待ち構えています、娘の腕はますます痺れとうとうポロリと毬を落としてしまいました、ワ−と人が崩れると犬が人々の頭を越えて“アグッ”と毬をくわえてしまいました。
長者の屋敷から四人の使いが出て来て犬の婿を迎え、娘は屋敷で犬の婿と結婚式を挙げました。下女たちは犬の婿を抱え娘の部屋に行くと犬の婿を食卓の椅子に座らせました、娘は怒って食事もせず床にあがり赤い綸子の布を被って振り向きしないで目をつぶりそのまま寝てしまいました、でも眠れません。そうです誰が考えてみても娘の嘆きは大きいはずです。娘は眠るに眠れずただ涙を流し、天を恨み地を恨み自分の運命を恨みました、犬の婿を迎えるなんて……半日泣いて身動きもしませんでしたが、ふと寝返ると……犬の婿は八人がけの卓の前で椅子に座ってじっと本を読んでいます、娘は“犬が人間ぶって”と癪にさわりまた怒って寝てしまいました。
犬の婿は真夜中まで本を読んでいましたが、妻が眠っているのを見ると、犬の皮を脱ぎ、美しく賢い貴公子の姿になって妻の足もとで休みました。夜が明けて長者の娘が足を伸ばして貴公子を踏むと貴公子は素早く床の下に転がって犬の姿に変わりました。
長者の娘は何日も食事をしないので、犬の婿は「あなたは何を怒っているのです」と聞きました。「アラ、犬なのに話ができるの」 「できます、何を怒っているのです」 「わたしは自分の運命に怒っているの、手のない四つ脚の犬と結婚するなんて。あの日芝居を見ていた素敵な貴公子をお日さまはどこへやってしまったのかしら」 「貴公子はここにいます」と言って犬は皮を脱ぎ美しい貴公子に変わりました、長者の娘は大喜び、すぐ犬の皮を取り上げると“カッチ”と鍵のついた金泥塗りの戸棚にしまってしまいました。それから犬の息子と長者の娘は相思相愛の夫婦になりました。
四年、五年と過ぎて夫婦には三人の子供が生まれると夫は妻に犬の皮を持たせ、子供を連れてお婆さんの家に里帰りすることにしました。途中で夫が「あの犬の皮を出してくれ」と言うと妻は「子供たちも大きくなったのだから変わったことはしないで。可愛いわたしたちの三人の子供たちが驚いてしまうわ」と言いました。「犬になって里帰りしないと母はわたしだと分からないのだ」妻は犬の皮を夫に渡すと夫は犬の姿に変わりました。
犬の息子に変わっ行くと、母は犬の息子を想ってずっと泣いていたので目が見えなくなっていました、犬の息子は「ワンワン」と声をあげてから「おっかさん、息子が妻と孫を三人連れて帰って来ました」と言って、母の目を舐めますとお婆さんの目が開きました、お婆さんは外に駆け出し、嫁と孫を家の中に迎えました。それからみんなで楽しく暮らしました。
四老人故事集 1997.4.26