吝嗇家の遺言
昔、ある所にとてもけちで金儲けのうまい男がいた。一銭の金でも何日も考えてからやっとどうするかを決めるというほどだった、それで生きている間にだいぶ金をためこんでいたが、年をとり死が近づいて床に臥し起きられなくなった。
ある日、三人の息子を枕もとに呼び、まず長男に「わしが死んだらお前はどんな葬式を出すつもりだ」と聞いた、すると長男は「お父っつあんは一生苦労し、食うものも食わず、飲むものも飲まず、着るものも着ず、物や金を倉いっぱいにして、家の財産を築いてくれたのだから、お父っつあんがあの世に行ったら、立派な葬式をするのが子供の務めです、だから大きな柏の棺桶を買い、坊さんを呼んでお経をあげ、大勢の人に供養の席を設けますよ、それが一番の孝行だと思います」と答えた、老父はそれを聞くと喜ぶどころか口をとがらした、長男は父親を怒らしたかと、そのあとは何も言わなかった。
つぎに老父は次男に同じことを聞いた。次男は老父の様子を見て心の中で“兄貴の答えはたぶん親爺に気にいらなかったんだ、親爺はずっとけちな暮らしをしていたから、自分の葬式に大金を使うのが気にいらないのだ”と思い「お父っつあんが逝ってもたいしたことはしません、坊さんたちのお経はやめ、松の木の棺桶にします、でもしばらくはラッパと太鼓を鳴らし賑やかにして、親戚や近所の人にとやかく言われないようにします」と答えたが、老父はやっぱり口をとがらし、三男に「お前の兄たちはわしの葬式をこんな風にすると言ったが、お前ならわしの葬式をどうする」と聞いた。
この三男はそれほどこまかくはないが、それでも父親のけちな気性がうつっていたから、老父の話を聞くと心の中で“親爺は兄貴たちが金を使うのが気にいらないのだ”と思い、「お父っつあん、お父っつあんが死んだからといって、いつものとうりで葬式なぞしません。もし今晩死んだら明日の朝、外へ担ぎ出し棺桶なぞ買わずにむしろに巻いて穴の中へ埋めればそれでおわりです」と自分の考えを言った、老父はこの三男の言い分を聞いてはじめてにっこりした。
老父は気にいったのだろうか、いやまだ気にいらないのだ。
老父は「ウ−ン、わしが死んだらむしろに巻くだって、むしろは只じゃあないぞ。お前の兄貴たちは、親戚や近所の者を呼んで酒だ飯だと金をかけるから埒外だが、お前の考えにも問題はある、今晩死んだら死体を明日の朝、担ぎ出すと言うが、その晩わしの死体を見ている者が、自分で食べる物や酒を用意するか、そうだろう。まあ、わしの言うことを聞け、葬式を出さないのはいいが、金をだすのだって駄目だ。わしが死んでも埋めることはない、むしろだって無駄だ、お前たちはわしの体をバラバラに切りその肉を売って金にしろ。骨だって無駄にするな、骨は犬に食わし、犬の餌は豚にやるのだ。肉を売る時にはまとめて売るな、まとめて売ると秤をまけさせられるぞ、少しずつ多くの人に売ったほうが金になる、誰に売ってもいいが、決して伯父貴だけには売るな」と言った。
伯父というのはうとい人で何時もこのけちな老父にまきあげられていたので、この老父を嫌っていたのだ。これを聞いた三人の息子はさすがに何とも言えずポカンとしてしまった、すると老父は「何をぼんやりしているのだ、あいつは赤い肉を食べても白い糞をするほど、絞るだけ絞るけちな奴だ、肉がわしの肉だと分かれば、あいつは金を払いはしない」と言った。
李占春故事選 1997.4.24.