天女散花

 金儲けとなれば目をみはり、どんなことをしてでも金を手に入れようとする貪欲な人がいるという。私はそんな人をまだ見たことはないが、こんな話は聞いたことがある。

 ある所にどれだけ高いか分からないくらいの大きな高い山があった、人はこの山を“天門山”と呼び、遠くから見るとまるで青空につながっているように見えた、頂上にはいつも五色の雲が漂っていたが、それは天女が花を撒き散らしているのだと人は言った。山は大きく高く険しい、野生の鹿でも登ることはできない。だがこの物語はこの高い山の頂上に生まれた。

 この大きな山の前に村があり、“二胖子”と呼ばれる地主がいた、昔は百頃の畑があれば大地主といわれたが、二胖子は二百頃の畑を持っていた。それでも二胖子は貪欲で小作人が収穫する穀物はみんな自分の倉に集めなければ気がすまなかった。
 ある年、麦の取り入れが始まると二胖子は下男の王斗に馬車を牽かせ、村へ年貢を取り立てに出かけ馬車を村に乗りいれた、王斗が人を避けて馬車をゆっくり進ませると、二胖子は火のように怒って、王斗から鞭をひったくると馬を“ビシ、ビシ”と叩いた、馬車は老人とまだよく歩けない子供を突き倒し、老人の見ている前で子供を轢いてしまった、子供は老人が抱き上げた時にはもう死んでいた。二胖子はフフンと笑ってまた鞭を振って馬車を走らせた。
 王斗は「どうして馬車を止めないのですか、子供を轢き殺したんですよ」叫んだが、二胖子は王斗を睨み「子供を轢き殺したからどうしたと言うんだ、俺が何をしたって誰にも文句は言わせない」と言い、そのあとも二胖子は小作人を叩き、罵りながら年貢の麦を取り立て、何事もなかったように振舞った。

 しかし王斗はその日は一日中心が痛み堪えられなかった。王斗は夜になって馬車に麦を一杯積んで帰り、二胖子の倉にしまい馬を馬小屋に繋いだ、二胖子の家畜は一頭や二頭ではない、牛や馬やロバなど数十頭もいた。王斗は家畜に飼葉をやりながら、思わず「あの死んだ子供の家族は今頃どんなに悲しんでいるだろう、子供の父や母、お爺さんは無惨に死んだ子供を見てどんな気持ちだろう」と思うと涙がポトポト流れた。

 するとそばで干し草を食べていた牛が振り向き、王斗を見て「わしは二胖子の広い畑を耕し、二胖子の荷車を何千回何万回も牽いてやった、けれども毎日わしに干し草や食べ物をくれるのはお前さんだ、お前さん何を泣いているのだね」と聞いた、王斗は誰かにこのことを聞いてもらいたいと思っていたので、怒りをこめて地主の二胖子が馬車を走らせ、子供を轢き殺したことを牛に話し、また涙を流した。牛もそれを聞くと涙を流し、口から一粒の瓢箪の種を吐き出して「わしはお前さんが欲の深い人じゃないと思うから言うが、この種を天門山の麓に植えるとひと晩で蔓が山の頂上まで届く、それを伝わって天門山に登り、天女が花を撒くのを待って、その花びらを拾い急いで降りておいで、それを子供の体にのせると子供は生き返る、だが花がしおれると駄目だよ」と言った。

 それを聞くや王斗は一言も言わず、瓢箪の種をもって走り出した。王斗は少しでも早くこのことを子供の家に知らせて安心させ、早く種を山の麓に植えたかったのだ。夜は暗くて道が見えない「お月さま、お月さま、わたしを助けて下さい」と言うと月が山の上に昇り道を照らしたので王斗は死んだ子供の家を探しあてることができた。あのお爺さんは子供の祖父でその家族は御飯も食べず、訴えるにもお金がないと寝ずに悲しんで泣いていた、王斗はわけを話して家族を慰めると、すぐ天門山へ駆けて行ったが石ころがあって歩けない、王斗は大声で「石や石、わたしを助けておくれ」と言うと石は転がって道をあけた。

 山の麓に着くと谷川の水の音がしたので王斗は太くて力のある指で土に穴をあけ瓢箪の種を植えた。すると、みるみるうちに瓢箪の種から双葉が伸びて緑の葉となり、蔓も出てきた。葉が増え蔓も先がみえなくなるほど伸びていった。王斗はこんな瓢箪の葉や蔓を見たことがなかった、試しに葉の上に乗ってみると葉はパッとひろがった。王斗はオ−、この瓢箪の葉は人を乗せると喜び、上を向いて蔓を掴み、葉を踏んで上へ登った、葉は足の下でパッパッと開き蔓は王斗の手を引きあげてくれたので王斗は上へ上へと登り、谷川の水の音も聞こえなくなった。もしこの葉を踏みはずせば万丈の谷へ落ちてしまう、それでも王斗は蔓を掴み葉を踏んで上へ上へ登り、もし星があれば手を伸ばして掴めると思った。

 足は疲れ、手は擦れて痛くなったが王斗は蔓をたぐって山の頂上に登った。山の頂上は一面に草におおわれ、草の色は緑から紅、紅から紫と変わり、その美しさは言いようもなかった。しかし王斗はそれを見ているより花を捜さなければならない、頭を上げると、天女の衣がヒラヒラと雲に漂っている、天女は「あなたが何しに来たのかわたしは知っている」と言うと、手を振りそこらじゅうに花を散らした、紅い花、紫の花、黄色、白、どれだけ色があるかわからない、王斗が一枝拾ってよく見ると、花は宝石で綺麗だが香りがない、牛は新鮮な花でないと駄目だと言ったのだ、王斗はその花を捨て、上を見ると漂う花がある、とってみると柔らかい花びらでいい香りがする、これこそ新鮮な白い花だ、王斗は嬉しくなって、足の疲れを忘れ、体が軽くなると白い花を持って瓢箪の葉を踏み下へ降りた。
 地上に着くと二つの瓢箪が転がっていて中から玉を刻んだ宝の花がでていたが、それに構わず白い新鮮な花がしおれてはいけないと、風のようにあの子供の家に行って、白い新鮮な花を子供の体にのせるとたちまち子供は目を開き起き上がり体の傷も治った。しばらくして花はしおれ花びらは枯れた。王斗は子供が生き返るのを見てから、あの玉を刻んだ宝の花を思い出してそれをとりに戻り、持って来るとその半分を子供の家にやった。

 王斗は家に帰り、二胖子の下男をやめると言った、二胖子は「この貧乏人はどうして俺の所で働かないのだ」と驚いたが二日もたたないうちに王斗が玉で刻んだ宝の花を拾ったことを知ると、二胖子は家の庭に孫を立たせ、大きな馬車にのり、孫をめがけてぶつけた、二胖子は六歳の孫が馬車をよけ左に走ると左、右に逃げると右に馬車を走らせ、何回もぐるぐる孫を追いまわし、孫が疲れて倒れると大きな馬車で孫を轢いた。

 母親が泣くのをしりめに、二胖子は馬車からおりて馬を繋ぎ、ほかの家畜をみず、すぐ牛に干し草をやりながら、涙をふくふりをしていると、牛が「わしはお前の畑を耕し、お前の荷車を何千回何万回と牽いてもお前は干し草をくれなかったのに今日はどうしたのだ、何を泣いているのだ」と聞いた。二胖子は小さな孫が馬車に轢かれて死んだと言い涙を流した。牛はそれを聞くと口を開き一粒の瓢箪の種を吐き出し「二胖子、わしはお前が欲張りなのを知っているが、この種を天門山の下に植えると一夜で蔓が伸びる、その蔓で天門山に登り天女が花を撒くのを待って新鮮な花を一枝もって急いで降り、その新鮮な花を子供の体にのせると生き返る、だが花がしおれると駄目だ」と言った。
 二胖子はそれを聞くと何も言わず瓢箪の種を持って外に走り出した。早く種を植えて沢山の宝を得ようと思ったのである。暗くなって「月よ俺を助けてくれ」と言ったが月は山の影に隠れてしまい、そろそろ歩いたが道には石があって歩けない、怒って「石のやつ、転がれ」と言ったが石は動かない。二胖子は這って天門山の麓に行き、指で土に穴をあけ種を植えると、葉が伸びてきたので二胖子は葉を踏んで登った、小さい時から働いたことがないからすぐ疲れて口をあけ喘いだが宝の花をとることばかり考えていた。夜が明けると二胖子は頂上に着いた。

 頂上の草は紅から緑、紫と美しく変化していたが金銀や宝玉が欲しい二胖子は見向きもしない、するといい香りがしたので頭を上げると雲に天女の薄い衣が揺れている、天女は厳かな声で「欲張りな人は何が欲しいかわたしにはわかっている」と言うと天女は手を伸ばして空にヒラヒラと玉で刻んだ宝の花を散らした。山は宝の花で埋まり、二胖子はそれを銀貨千両で売れるぞとばかり拾い、袋に詰めズボンに詰め、わきにも抱え両手にも持って、持つところがなくなると、口でもくわえた、そして足で蔓をひき葉を踏んで下に降りた、もちろん降りるのは遅い、下へ下へ降りると宝の花はだんだん重くなってきたが二胖子は一つも落さず、ズボンにも懐にも石が詰まり、手に石を持ち、わきに石を抱え、口にも石くわえ、石の中に埋まっていた。  とうとう蔓が切れて二胖子は谷底に落ちた。

 二胖子の息子夫婦が天門山の麓で二胖子の死体を見つけた時には二胖子のズボンにも懐にも石が詰まり、手に石を持ち、腋に石を抱え口に石をくわえ、石の中に埋まっていた。

            聊斎 * 子                                      1997.3.18.

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