賢い妻
金持ちではないが貧乏でもない家があった。その家に二十歳になる息子がいたので結婚話がいろいろ持ち込まれたが、父親はそのどれにも応じなかった。実は心のなかで何処かの金持ちの娘と結ばせようともくろんでいたのである。
ある日、息子は山の畑を耕しにでかけ、そこで野草を摘んでいた隣り村の娘に出会い、言葉を交わしているうちに互いに好きになった。娘は山に野草を摘みに来るくらいだから、言うまでもなく家は貧乏なのである。息子は家へ帰って父親にこの娘の話をしたが父親はもちろん返事をしなかった。それから息子は床に入ったまま何も食べず水も飲まなくなった。父親は息子の様子を見てこの娘を娶ってやるしかなかった。
こうして息子はこの娘と結婚はしたが父親は嫁に不満で何かと息子の嫁をいじめようとした。ある日、父親が鍬を担ぎ「弁当を持って来てくれ」と言うだけで出て行くので、息子は慌てて「おとっつあん、弁当は何処へ持って行けばいいんだい」と聞くと、父親は振り向きもせず「前に山、後ろに山のすみっこの鈴の畑だ、生の魚の煮付け、生の野菜の煮付けを持って来てくれ」と言って出て行ってしまった。
息子は何のことかわからずもう一度聞こうと父親を追いかけると、新妻が行くなと目くばせする。息子は心配になって妻に「追いかけて聞こうとしたのに、どうして止めるのだ」と言った、「心配しなくていいわよ、うちには谷間に綿畑がある?」 「あるよ」 「そこへ持っていけばいいのよ、間違いないわ」 「どうして間違いないとわかるのだ」 「谷間の畑は前も後ろも山だし、綿の実のほかに鈴に似たものはないもの」と妻が答えた。「うんそうか。でも親爺の言う生の魚の煮付け、生の野菜の煮付けとは何のことだ」 「それはもっと簡単、河の蛙を捕まえ畑の野菜を煮ればいいのよ、蛙はどんなに煮ても生き返る(かえる)、野菜は生でも煮ても野菜と言うわ」と言った。息子は妻の言う通りに材料を用意し妻が弁当を作るとそれを担いで谷間の綿畑へ行った。父親はこれを見て嫁の料理に文句をつけることはできなかった。
また何日か過ぎると父親は一丈の布をだして息子に「お前の女房にこの布で布団の敷布と上着を縫い、あまった布で手拭を作らせてくれ」と言った。息子は妻の家は貧乏で布を足すことはできないし、息子もまだ家の物を自由にできる身ではないから小声で「おとっつあん、この布で敷布と上着を作るのも足りないのに手拭までとれないよ」と言った、すると父親は怒って「わしが言った通りに作らせろ、お前が貧乏な家の娘を女房に選んだのだからな」と言った。
息子は溜め息をついて、妻の部屋に行くと「お前さん溜め息をついてどうしたの」と妻が聞いた、「馬鹿親爺がお前に布一丈で敷布と上着を縫い、あまった布で手拭を作らせろと言うのだ」と言うと妻は心配せず「できるわよ」と言った「布が足りないのにどうしてできるんだい」 「あんたは安心して畑に行きなさい、わたしには方法があるわ」と答えた。妻は一丈の布を裁断して夜にならないうちに大きな上着を縫いあげた。
夕方、父親が畑から帰ると息子の妻は大きな上着を父親に渡した。父親は今日は嫁の間違いを責められると目を丸くして「わしはお前に三つ作れと言ったぞ」と言うと息子の妻はゆっくり優しい声で「お義父さん、三つありますよ、夜寝る時は敷布、昼は上着として着て汗がでたら襟をひろげて手拭になります」と言うと父親は返す言葉がなかった。
また何日か過ぎて、妻は実家へ帰ることになり息子は父親に妻の実家から持って来る食べ物はないか」と聞くと父親は「いい物はいらない、“骨で包んだ肉と肉で包んだ骨、手を捧げて行き、あぐらをかいて来る”でいい」と言った。
息子はまた何も言えず、父親が出て行くと、妻の前で泣きだした。「あんた、なんで泣くの」 「親爺はお前をもう俺の所に戻れないようにするつもりらしい。親爺はお前に“骨を包んだ肉、肉を包んだ骨、手で捧げて行き、あぐらをかいて来る”を持って来いと言うのだ。骨を包んだ肉、肉を包んだ骨なんて物はないし、手を捧げて行き、あぐらをかいて来るなんてどうしてできるのだ」
これを聞くと妻は「難しいことないわ、わたしが実家に帰って五日すると村で市があるから、その時わたしを迎えに来て」と言い、身仕度をすると実家へ行った。五日たって息子は妻を迎えに行った、息子が「じゃあ、帰ろう」と言うと妻は「待って、わたしはお義父さんに言いつかった物を用意するわ」と言い「お母さん、うちの鶏が産んだ卵を十個茹でて」と言った。
それから、八月で実が熟したなつめの実を竿で落として包み、幾らかの金を夫に渡して、市で半斤のねじった形の揚げ餅と五個の焼き餅を買いに行かせた。
妻の言った物を市で買い揃えると息子はまた妻の実家に戻った、妻はもう身仕度を整え、義母は卵を茹であげていた。息子はそっと「親爺の言っていたのはこれでいいのかい」と聞くと妻は「これがお義父さんが言ったものよ、茹で卵は骨(殻)で肉を包んだもの、なつめの実は肉で骨(種)を包んだもの、手で捧げるは手にのせる焼き餅、あぐらをかいて来るはねじれた揚げ餅のことよ」と言った、息子はそれを聞いてやっと納得し、妻をロバに乗せて家へ帰った。家について茹で卵、なつめの実、焼き餅、揚げ餅をだすと父親は何も文句をつけられなかった。
それから父親は息子の妻にいじわるしなくなり、一家は楽しく暮らすようになった。
聊斎 * 子 1997.1.16.