二本の鞭

 自分の楽ばかり考え他人の痛みを感じない人、自分の幸福ばかり追い他人の苦しみに手をかさない人を私はずいぶん見てきた。

 昔、働き者の娘が人に嫁いで妻となり言うに言われぬ苦労をした。姑、小姑は口を開けて食べるだけ、着物を着るにも手を伸ばすだけという具合で何もしない。そしてオンドルの上に鞭をおき、何かというとすぐ嫁をそれで叩いた。
 暑いある日の昼、妻は村から遠く離れた井戸へ水を汲みにでかけた。井戸は深く、担ぐ二つの桶は大きく重い。妻は井戸について桶に水を汲み上げると汗が顔から流れ喉も渇いたが水も飲まず、すぐ桶を担いで家へ急いだ。しばらく行くと馬に乗った二人の老人に出会った、前の馬の老人が「働き者の女人、桶を下ろして、わしらの馬に水をやってくれ」と言った、妻は全身汗の馬を見ながら、困ったように「ご老人、ごらんのようにいこの桶は底が尖って下ろせません」と答えると、老人は「道は遠く水は重いのにどうして桶の底が尖っているのか」と尋ねた、妻は涙を流しながら「わたしの姑は途中でわたしが休めないように、わざとこんな桶を作ったのです」と答えた。

 老人はうなずきはしたが、それでも「この二頭の馬は本当に喉が渇きもう動けないし、まだ六十里もあるのにわしらも年をとって歩けないのだ」と言った。妻は少し考えてから、杖を放し腰を曲げて桶をかたむけゴボゴボと水を地面に流した、二頭の馬は満足するまで水を飲んだが、桶の水はすっかりなくなった。嫁は空になった桶をおこし、もう一度井戸へ水汲みに戻れば疲れ、時間もかかつて家に帰れば姑に叩かれると思い悲しくなった。

 すると前の馬に乗っていた老人が「働き者の女人、この鞭をあげよう、帰ったら水瓶の中をこの鞭で三回かきまわすと水が瓶一杯になる」と言った。後ろの馬に乗っていた老人も「わしもそなたに一本の鞭をあげよう、これで一生楽な日が送れる」と言った。そう言いおわると馬に乗った二人の老人は風のように消えてしまった。妻は二本の鞭と空になった桶を担いで家へ帰った。

 姑は嫁が水を担いで来ないので何も言わずに叩こうとした。妻は急いで水瓶に走りより瓶の中を老人から貰った鞭で三回かきまわした、するとまたたくまに水は瓶一杯になった。妻は「おっかさん、水はいくらでもあります」と叫んだ。姑はちらりと目をやるとフンと鼻をならして「そりゃあ、なんの水だい」と言った、だが妻が水を汲み台所へ行くと、我慢できなくなって水瓶を見に行った、水は清く澄んで顔がうつる、飲んでみると甘くて美味しい。こうして妻は村の外の遠い井戸へ水を汲みに行かなくてよくなった。

 何日か過ぎたある日、朝飯を食べるとすぐ妻は夫にもう一本の鞭を渡しロバに乗って一緒に妻の実家に行った。昼になると小姑は昼飯を作らねばならず、不機嫌になってあの鞭で水瓶をかきまわした、すると鞭は水瓶の中に根を生やしたように立ち、水がゴウゴウと河のように水瓶のふちから四方に噴き出し、たちまち庭は池になってしまった、小姑は声をあげて家に逃げ込んだが水はゴウゴウと音をたてて戸口から家の中に流れ込んだ。姑と小姑はオンドルの上に逃げたが、すぐオンドルも水に沈み姑と小姑は溺れて死んでしまった。

 夜になって夫婦が妻の実家から帰ると庭は池になっている、妻は夫から鞭を受け取ると池を三回かきまわした、すると水はもとの水瓶に戻り、水瓶にたった鞭は枝がでて葉が茂り緑の葉の間に赤い実が沢山なった。それからこの働き者の妻と夫は幸せに暮らしたということである。  

         聊斎 * 子                                         1997.1.9

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