土蜂と子守歌

 哈尼人には土蜂の巣を掘り当てたら、村にいる寡婦にその巣の中のさなぎを分けてやる習わしがある。この習わしにはこんな伝説が伝えられている。

 昔、哈尼人は田を耕し畑に種を蒔くことを知らず、狩猟をして暮らしていた。
 ある日、村人たちが村の外の森に大きな黒土蜂の巣を見つけた。そこで村長は力の強い村人を七十七人と七十七匹の猟犬を選び、土蜂の狩猟隊を組んで、堂々と山へ蜂の巣を掘りに行った。巣の近くに着くと狩猟隊はまず七十七匹の猟犬を放した、猟犬は狂ったように土蜂に飛びかかり、むちゃくちゃに捕まえたり、咬みついたりして暴れるとしばらくして土蜂の巣の周りは静かになった。

 それから狩猟隊はてんでに木の枝や棒を持って巣を掘り始めた、すると土蜂は急に怒りだし、ブンブンと狩猟隊を取り囲んだ、突然のことで狩猟隊は混乱し、人と猟犬は土蜂に刺されて死に、村長と六人の村人だけが辛うじて、土蜂の囲みから抜け出しやっと村へ逃げ帰った。

 村中の人はこれを聞いてみんな嘆き悲しんだ。だが、村はずれに住む一人の寡婦だけは何事もなかったように、物干し台で体を揺すりながら子守歌を歌っていた、それを村人が村長に言うと村長は火のようになって怒り、寡婦の家へ怒鳴り込み、寡婦を真正面から指さして罵った、でも寡婦はかまわず子守歌を歌い続けた。

 「ホラホラ……早くおやすみわたしの坊や、よく寝て起きて大きくおなり、わたしの坊や、大きくなって、母さんに替わり、蜂捕っておくれ、蜂を捕るには力はいらぬ、ボロを固めて火をつけて……ホラホラ……」村長は怒鳴るのをやめ、子守歌を聞くと子守歌が蜂をやっつける方法を教えているのに気がついた。

 村長は急いで帰り、生き残った村人を呼び集め、さっき寡婦が歌っていた子守歌の蜂退治の方法を話した、村人はそれはいい考えだと、また大勢の人と馬を集め、山の土蜂の巣を掘りに出かけた。
 今度は寡婦の子守歌の通りの方法でやると、うまくいき一人の死傷者もださず煙りが蜂のさなぎを襲った。村人は犠牲になって死んだ人を手厚く葬ってから蜂やさなぎを満載して村へ帰って来た。村長は蜂の子をみんなに分け、あの寡婦にも分け感謝のしるしとした。 

             西双版納哈尼族民間故事集成                          1996・11・2

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