母恋鳥
哈尼人の住む地方で河の上空を飛びながら鳴く背中が黒、お腹が白い小鳥を見ることがある。河の流れがあればあるほど、その鳴き声は大きく悲しみに満ちている。この鳥を哈尼人はどうして“母恋鳥”と呼ぶのか。
昔、夫に先立たれた五十歳ほどの寡婦が十四五歳の息子と一緒に暮らしていた。息子はこの母親のたった一つの喜びで、玉のように可愛がり大きくなっても水汲みや柴刈りを息子にはさせなかった。でも家は貧乏で食べる物も途絶えがちで、何もなくなると母親は河で魚をとり、息子には美味しい身を食べさせ、自分は頭だけを食べていた。
しばらくして息子は魚の頭の方が身より美味しいのではないかと疑い、母親が俺には美味しい頭を食べさせないのだと思い、母親を恨むようになった。
ある雨の降る日、また食べ物がなくなり、母親は雨の中を河へ魚を捕りに行ったが大雨で流れが急になり、魚はみんな河の石の隙間にもぐってしまい、小さな魚が二匹捕れただけだった。それでも母親は何時ものようにその魚を煮付け、美味しい身と汁は息子に食べさせ、母親はそばで親指ほどの魚の頭を“カサカサ”と食べ、美味しい魚の身と汁を食べている息子を見ていた。
二匹の魚を食べ終わった息子がもっと食べたいと手を出すと、母親は困った顔をして「息子や、今日は大雨で流れが早く、魚が捕れないんだよ、雨が小降りになったら、おっかさんがまた捕りに行くから……」と言ったが息子はきかず「俺はいま食べたいんだ」とくどくど言い、母親の魚の頭を食べようとしたが、さすがにそこでは口に入れなかった。
母親は溜め息をついて、食べていた魚の頭を竈のそばにおくと、網を持って、お腹を空かしたまま雨の中を出て行った。息子は母親が出て行くとすぐ母親が食べていた魚の頭を口に入れ、一口噛むと“ペッ”と吐き出した、魚の頭は油も肉もなくカリカリで泥臭いばかりか、砂も混じっていて本当にまずい、アッ、おっかさんはこれを食べていたんだ、俺はおっかさんが美味しいところを俺に食べさせないと思っていたのに……と茫然として立ち尽くし、はじめて母親の心が分かり、魚の頭を持って母親を探しに行った。
母親は何時も村から遠くない河で魚を捕っていたが今日は四方八方の山からこの河に水が流れ込み逆巻く怒濤となって、手綱を切った暴れ馬のようにゴウゴウと流れていた。息子は河の上流に走り、下流に戻り、母を呼んだが答えがない、無情な奔流はすでの母親を巻き込んでしまったのだ。
息子は必死に叫び母を探した、そしてとうとう息子は不運な悲しい母を永遠に探し求める“母恋鳥”に変わった。
西双版納哈尼族民間故事集成 1996・10・31
注 類話に日本の昔話<時鳥兄弟>がある。