牛飼いとキリギリス
牛飼いの少年が寺の下働きをしていた。少年は働き者で和尚は大喜びであった。一年の年期があけ、和尚は「この一年よく働いてくれたが、わしにはお前にやるものがない……」と言った、少年が「いいえ、わたしは何もいりません」と答えると、和尚は「こんなものだが、これを上げよう」と、小さな箱に入った小さな白菜をくれた、白菜の上に一匹のキリギリスが乗っていた。和尚は「何もやるものがないが、このキリギリスを上げよう。お前がまた誰かに雇われて働く時に、このキリギリスが白菜の上にとまっていれば、空が曇っていても雨は降らない、キリギリスが白菜の下にしゃがんでいれば晴れていても昼を待たずに雨が降ってくる」と言って渡してくれた。
少年は「オ−、これはいいものだ」とつぎの年、牛飼いに雇われると、このキリギリスを持って行った。少年は仕事に出る時、空が厚く曇っていると、キリギリスを見た、そしてキリギリスが白菜の上に乗っていると、どんなに雲が厚くなっていても蓑を持たずに出る。オ−、見ろ、昼には晴れてしまった。
だが、キリギリスが白菜の下にしゃがんでいると蓑を抱えて仕事に行く、するときっと昼から雨になった。
雇い主は「晴れていてもあいつは蓑を持って行き、曇っていても蓑を持って行かない、するときっとその通りになる」と不思議がった。
やがて麦の季節になったある日、少年は晴れているのに蓑をつけて牛を牽いて行き、出かける時に「旦那、今日は麦干しは駄目ですよ、昼から雨になります」と言った。雇い主は何を言っているんだと、麦干しを始め、麦の穂を干し場に積み上げた。
ところが、晴れていたのに西北の空から雨が降りだし麦はすっかり濡れてしまった。少年は蓑をつけて少しも濡れずに平気で帰って来た。
不思議に思った雇い主は“あいつが仕事に出たあとにあいつの部屋に何があるのか見てやろうと、”少年の部屋を見たが何もない、ただ白菜とキリギリスの入った箱があるだけだった。少年が仕事から帰ると雇い主は「お前はどうして雨が降るか降らないかが分かるのだ、わしはお前の部屋を見たが小さなキリギリスと小さな白菜があるだけだったが…」と聞いた。
少年は「ええ、わたしはいろいろな所で働きましたが、お寺で働いた時、和尚さんがわたしにくれたのです、あのキリギリスは白菜の上にとまっている時は空が厚く曇っていても雨は降らず、白菜の下にしゃがんでいれば昼前から雨になるのを教えてくれる可愛い奴です」と答えた。
「わしに売ってくれ」 「売りません」 「いくらでもいいから売ってくれ」と雇い主が大金を出したので「じゃあ、売りましょう」と雇い主に売った。
ところが、雇い主に売られると、キリギリスは白菜の上にいても雨は降るし、白菜の下にしゃがんでいても、雨は降らず……少しも当たらない。キリギリスの効き目は終わってしまったのだ。つまり少年には運気があり、雇い主にはなかったわけだ。
四老人故事集 1996・9・24