丁香と海棠

 老母と息子夫婦が住んでいた。老母は何でも節約して使い、息子とその妻の丁香は働き者だから暮らしも楽で、丁香は姑に孝養を尽くし一家は睦まじく幸せに暮らしていた。

 ある時、丁香は里帰りしたが実家が遠く離れていることもあって、つい帰る日がのびてしまった。ところが、丁香の家の近所に器量よしだが万事に派手で、何時もあちこちの家を遊び回っている海棠という娘がいて、たまたま丁香が里帰りして留守なのをいいことに丁香の夫に色目を使って近ずいた。
 丁香の夫は海棠の情欲にひかれ、二人は通じ合う仲になってしまった。

 丁香が帰ると夫は前のようではなく、料理がまずい、飯がまずいと叩いたり罵ったりした。それでも丁香はずっと夫を優しく世話をしたが、夫は丁香にだんだん冷たくなり、最後には離縁状を突きつけて丁香を追い出そうとした。丁香は夫が心変わりしたのだと分かり、別れると言うなら別れようと思った。
 そして丁香は「わたしたちはもう夫婦ではなくなるから、せめてお姑さんにお別れの御挨拶をしたい」と言うと、夫は「よし母に会って行け」と言った。
 丁香は姑の部屋に入ると、目に涙を浮かべ姑に三拝の礼をすると、姑は「ワ−」と泣き出し、泣きながら「ウッ」と痰をつまらせて死んでしまった。丁香はやむなく姑のために麻の衣をつけて喪に服し、遺体を納棺して野辺の送りと葬儀をすべて済ませて夫の家を出た。

 丁香は夫の家の門を一足ごとに振り返りながら「これがわたしの嫁いだ家だが、もうこの家には入れなくなった」と悲しみ、また振り返り「お姑さん、どうして死んでしまったの」と嘆き、三度振り返り心の中で夫に向かい「あなたは運の悪い人だ」と語り、四度目には「アア、海棠、海棠、お前はわたしを追い出した」と恨み、思いきって最後の一歩を踏み出して、歩き始めた。
 丁香は歩きながら何処へ行ったらいいかと考えた“実家へ帰れば他人にどうして別れたのかと聞かれ、実家の面目を潰してしまう。アア、わたしは一人になって行くしかない”と思って歩いて行った。そしてやっと荒れた廟を見つけた。
 この廟には老母とその息子が二人で住んでいたが、あまり楽な暮らしはしていなかった。老母は優しい人で「娘さん、たった一人で何処へ行くの」と聞いた、丁香は涙を流し、今までの事をすっかり話した、老母はそれを聞くと「娘さん、一緒に住まないかい、わたしたちと同じ物を飲んだり食べたりするのが嫌でなければ、こんな家だが住んでもいいんだよ」と言った。

 丁香には行く当てもないし女が一人で何時までも旅を続けるのも難しいので一緒に住むことにした、丁香は美人で黒髪は三丈二尺もあった。働き者で賢く、外のことも内のことも上手なので老母は大喜びであった。そうこうしているうちに日も過ぎて、老母は「丁香、ちょっとあんたに話しがある、わたしの息子はあんたの知っている通り真面目でおとなしい、あんた行く所がなければ息子の嫁になってくれないか」と言った、丁香もうなずいてそれを受け入れた。
 老母は丁香に新しい衣裳を作り、二人は廟で結婚した。結婚してからも丁香はますますよく働き、一日一日一家の暮らしはよくなった。

 さて、丁香の前の夫は海棠と結婚してからは畑仕事もしなくなてしまった。“座して食らえば山もなくなる”と言う。何年もしないうちに家財も何もかも食い潰してしまった。海棠は男がすっかり貧乏になると「仕方がない、わたしたちは別れよう、わたしはわたしの元の道を行くから、あんたはあんたで一人の道を行きなさいよ」と振り払うように行ってしまった。こんな男は乞食になるよりしょうがない。

 ある日、男は丁香の廟にたどりつき「哀れみを……一椀のお恵みを……」と哀願した。丁香は「オヤ、あの声は聞き覚えが……」と出てみると何と離婚した前の夫ではないか、ア−、あんなボロを着てと思いながら、顔を合わせないように頭を下げ「ちょっと待って、いま熱いうどんを作ってあげるから」と言うと、うどんを作りかけたが「あの人はどうしたのだろう、海棠はどうしたのかしら。あたしを離縁したあんたになんか一粒の御飯だってやりたくないのに、こうして飢えて頭も上げられないあんたを見ると……いいわ、やはり熱いうどんを作ってあげよう」と思い、うどんができあがると、丁香は前の夫が自分を思い出すかどうか試してみようと三丈二尺の長い髪の毛一本と、別れた時に身につけていた銀のかんざしをうどんを盛った椀の中に入れ、熱々のうちに持って来ると「さあ、熱いうちに食べて」と差し出した。

 男は有難い有難いと頭を下げうどんの椀を貰うと箸で掻き回し、アレ…と髪の毛を見つけ箸でつまむと地面に捨て、つるつるとうどんを食べ始めた、するとまた椀の底に鶏の骨がある、男はまたそれを箸で挾むと地面に投げ捨てた、それを見ていた丁香は「ア−、あんたはわたしをすっかり忘れているのね」と泣いた、「あなたはどなたですか」と男は頭を上げて丁香を見たが、まだ気がつかない。「わたしは他人じゃない、あんたに離縁された丁香よ。海棠はどうしたの、あんたによくしてくれなかたの」と丁香は言った、乞食になった前の夫はやっと 「そうだ、たしか丁香の髪は三丈二尺あった」と捨てた髪の毛を拾って計ると確かに三丈二尺ではないか、鶏の骨と思ったかんざしを拾ってみると、結婚した時に丁香の頭に挿してやったあのかんざしだ、男は恥ずかしくなり、面目ないと廟の柱に頭をぶつけて自殺した。

 丁香は大きな声で泣き「海棠、海棠、あんたはわたしの前の夫を騙し、殺したも同じだ、わたしはあんたとはもう決して会わない」と言った。それで人は丁香(リラ・ライラック)と海棠とは一緒の所には植えないようになった。  

             撫順市巻上                                    1996・9・19

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