婁婆さんと狐
“産婆さん、産婆さん、一人取り上げまた一人”こんな言葉がよく言われるが、昔、新城子石仏寺村にいた産婆の婁婆さんの話をしよう。
その頃、このあたりの十里八村で婁婆さんと言えば、親指を立てない人はいなかった。婁婆さんは心が温かく親切で、人々のお産を診てもお金は半分しか受け取らなかったからである。それにどんな難産の子でも無事に産ませたし、来てくれと言われればどんな遠くでも嫌がらず夜昼、雨風を問わずすぐ駆けつけた。それで近在の人々はみんな“婁婆さん”と親しみをこめて呼んだ。
ある日の晩、婁婆さんは息子の嫁が病気になり世話をしていると、ドンドンと忙しく門を叩く音がしたので門を開けると、賢そうな十四五歳の二人の娘が立ち、そのやや大きな娘が涙を流しながら「婁婆さん、どうかわたしの母を助けて下さい、母は三日前から出産なのに子供が産まれず、痛みが激しいのです」といった。
婁婆さんは「お前さんの家は何処かね、早くわしを連れてお行き」と上着を着、あとは何も言わず外に出たが門まで出てから困った顔をして、二人の娘に「アッ、どうしよう、息子の嫁が病気で寝ているが息子がいない、嫁一人じゃ心配だ」と言った。
すると娘が「婁婆さんそれなら、あたしの妹に留守番させておきます、急いで馬車で行き、母のお産が終わればすぐまた、お送りしますがどうでしょう」と言った、「それはいいがあんたたちに面倒かけるねぇ、じゃあ、そうして貰ってすぐ出かけよう」と婁婆さんは姉らしい娘について門へ行くと外には幌馬車が待っていた、二人が馬車に乗り幌の幕を下ろすと、すぐ耳もとに雲や霧の中を走るようにヒュウ−、ヒュウ−と音がして馬車は空を飛んで走っているようだった。
婁婆さんは幌の中に座っていて、この馬車はとても早いがどうして馬蹄や車輪の音がしないのだろうと思い、外を見たかったが幌の幕がしっかり閉まっていて見えない、不思議だと思っているうちに、馬車が止まり、娘が「婁婆さん着きました、どうぞ降りて下さい」と言った。
婁婆さんはボ−としたまま馬車から降りると、なんと目の前は青い瓦の御殿で、その大きな門が“ギイ−”と開くと、中から色とりどりの絹の衣を着た女たちが出て来ると、婁婆さんの手をひき、取り囲むようにして明るい広間に案内した。
広間には数十本の蝋燭が一斉に灯り、まるで昼間のようであった。婁婆さんはこんなにも綺麗で凝った広間を見たことがなく、まるで神仙境に来たようであった。婁婆さんはあの姉娘に連れられて、ピタリと閉められた部屋に入ると寝台に三十歳あまりの花のような美しい夫人が横になっていた、夫人は青白い顔をして「ウンウン」と苦しみ、玉のような汗が両頬に流れている、婁婆さんはこれを見ると、夫人の汗をそっと拭いて脈を診てからお腹をさすると、夫人は水晶のような涙を落として婁婆さんに向かい微かにうなずいた。
婁婆さんは赤い丸薬を一粒だすと、下女が差し出した水を取り、小さな匙に薬をのせて、ゆっくりと夫人に飲ませ、お腹を揉んだ、しばらくして泣き声が聞こえ太った赤ん坊が産まれた、婁婆さんは喜んでこの赤ん坊を抱き上げてびっくり、赤ん坊のお尻には長い尻尾がついていたのだ。婁婆さんはすぐこれは狐の尻尾で、ここは狐の精の家と分かったが何も言わず赤ん坊を産湯で洗い、産着にくるんで、そばにいた老婆に渡した。
さて、夫人は赤ん坊を産むと痛みもなくなったのか、にこやかに婁婆さんに「お産婆さん、お蔭でわたしと子供の命は助かりました、わたしの家の金銀財宝、何でも好きな物を持って行って下さい」と言うと、二人の下女が大きな箱を運んで来て婁婆さんの前に置き、蓋を開けた。アッ、中はすべて光輝く財宝であった。だが婁婆さんは少しも顔色を変えず、首を振った、夫人は驚いて「こんな財宝がいらないなんて、あなたは何が欲しいのですか」と聞いた。
婁婆さんが「こうした財宝はいりません、それよりどうか万病に効く薬を下さい、わたしの息子の嫁は何も食べず何も飲まずで何日も昏々と眠り続けて何の病気か分からないのです、息子は外に出ていて家にはわたし一人、わたしは産婆で子供を産ませることはできますが、嫁の病気は治せないのです、あなたは何でもお持ちのようですが、もしわたしに万病に効く薬を下さるなら大変嬉しいです」と言うと、夫人は「分かりました、わたしはあなたの息子のお嫁さんの病気を治す薬を上げましょう、小娟、わたしの薬箱を持っておいで」と言った。
すると、さっきの下女が龍と鳳が彫られた小さな薬箱を大事そうに持って来た、夫人は薬箱を開け、大豆の大きさの丸薬を取り出して、婁婆さんに「この薬をお嫁さんの口に含ませると、しばらくして病気はよくなります、決して飲ませてはいけません、この薬はただ口に含むだけで治る万病に効く薬です」と言った。婁婆さんはこの薬で息子の嫁の病気が治ると喜び、夫人に礼を言うとまた馬車に乗った。
馬車は来た時と同じような風の音をさせて、またたく間に家に着いた。婁婆さんが門を入るとすぐ留守番をしていたあの娘が出て来て心配そうに「お婆さん、生まれましたか」と聞いた、「あんたに可愛い弟が生まれたよ」と婁婆さんは言いながら急いで息子の嫁の所へ行き、昏睡から覚めない嫁のそばで、夫人から貰ったあの丸薬を出すと手のひらで丸薬は光り、部屋の中を明るくした。
婁婆さんはこれは普通の薬ではない宝の夜明珠と分かり、夜明珠を嫁の口に含ませると嫁は目を開け涙を潤ませて、婁婆さんを見ると「お母さん」と叫んだ、婁婆さんは喜んで嫁を抱き、いままでのことを話しているうちに留守を頼んだあの娘を思い出し、急いで探しに行くともう部屋にはいない。慌てて外に出てみると、あの馬車は娘を乗せて遠くに走り去り、娘が馬車の上から手を振っていた。
それから婁婆さんは産婆ばかりか、あの宝の薬の夜明珠で人々の病気も治し、婁婆さんの名前はますます有名になった。
譚振山故事選 1996・9・7