王老夫婦と英子

 昔、沈陽の北、王家村に王老という誠実な百姓が住んでいた。三十を過ぎてから一人暮らしの後家を妻にして十数年たったが子供には恵まれなかった。夫婦は少しずつ畑をふやしていったが子供がなく、大きな黒い犬も飼っていたが、どうしても家の中は淋しくしめりがちだった。それで人は王老に若い第二妻を持つことを勧めたが、王老はその話になると顔をそむけ不機嫌になるのだった。それで妻も夫の王老をいとおしんだ。

 ある年、妻が病気になると王老は大金を出して医者を呼び薬を求め、心をこめて妻を看病した、だが妻は王老が気をつかうと却って部屋にこもって泣いた。妻は病気が治ると、王老の留守の間にあちこちに出歩いていたが、ある日、外から帰ると王老を前に座らせ嬉しそうに「聞いて、やっとあんたに似合いの娘を探して結婚を決めて来たわ、あんた日取りは何時がいい」と言った。
 すると王老は怒って「誰がそんなことをしろと言った、もう五十になる俺がなんで第二妻を持つのだ」と妻を叱った、妻は目のまわりを赤くすると、どっと涙を落とし「あんたがわたしによくしてくれる程、わたしはこの家を考えるのよ、わたしたちには子供もないし、血のつながる者もいない、このままではわたしたちの家はゆくゆく誰か他人の物になってしまう、あんたの遠縁の甥は考え方も違うし、心もよくない、わたしたちの財産を狙っているだけだ、もしやの時にあの人に頼るのは星を取るより難しい、あんたは自分の血を分けた子が欲しくないの、年をとってから、天災に遭ったり、大病を患ったらどうするの」と言った、それを聞くと王老は頭を抱えこみ言葉がなかった。

 半日たってやっと王老は「それは何処の村の娘だ、第二妻になることを承知しているのか」と聞いた、妻はやっと笑顔になって「この娘は三里離れた李さんの娘で、今年十八、名前は英子、本当にいい娘でね、父親と母親は二人とも体が弱く、小さい子も大勢いて暮らしが大変だから、家族を救うためにわたしの家へ来てもいいと言うのよ。だから結納には畑もつけて嫁入り道具もうちで用意することにしたわ」と言った。王老が「親はどうして実の娘を人の第二妻にするのだろう」と聞くと妻は「父親も母親もはじめはウンとは言わなかったけど、娘の気持ちには逆らえなかったし、わたしも優しく話したから、娘が嫁いでも苛められることはないと考えたのでしょう、それで父親は娘の気持ちも察して吐き出すように『ア−ア、貧乏暮らだから仕方がないなあ』と言って承知したわ」と答えた。

 こうして、王老はもう妻に何も言わず、何日かして畑を李家へ譲り、娘の英子にも新しい嫁入り道具を贈って話がまとまり冬になる前に式を挙げた。王老にとっては第二妻だが、娘は初婚だったから人に辱められないように、きちんとした式を挙げた。夜、客が帰ると妻は王老を第二妻の新居に連れて行き、自分は元の部屋へ戻った。

 王老は客に酒を飲まされ頭がふらふらしたまま新居の戸を開けると目の前は花が咲いたような部屋で自分の家ではないように感じた、王老は妻が第二妻の新居をこんなに派手にしつらえるとは夢にも思っていなかった。壁は雪のように真っ白、化粧台と寝台は漆塗りでつやつや光り、それに紅の花柄の絹の布団、蓮の花と水に浮かぶ鴛鴦を刺繍した大きな枕が二つ並んでいる、新妻は初々しい姿で寝台に座り後ろを向いて首を垂れうなじを王老に見せたままにしている。
 王老が咳払いをすると娘は体を動かしたが振り向かない、王老はまた力をいれて「エヘ、ン、エヘン」と声を出したが、それでも娘は振り向かない、王老は立ったままどうしていいか分からず、辱かしいのだろうと、ゆっくりと寝台に近ずき、そっと「もうおそいから早く休もう」と言ったが娘は身じろぎもせず、両肩を固くしている、王老はドギマギして娘の顔をそっと振り向けると娘は涙で顔を濡らし、桃のような二つの瞳は潤んでいた、娘は新居でずっと泣いていたのだ。

 王老はすっかり酔いが覚めてしまい、娘の顔から手をはなすと「何で泣くのだ、やはりこの結婚はいやだったのかい」と聞いた、「いいえ、わたしは自分の運命に泣いているのです、十八で第二妻になるのかと悲しくて……」娘のこの言葉を聞いた王老は自分の醜さに恥じ、体が熱くなり顔が赤くなった。
 “十八の生娘を第二妻にすれば年の多いわしのほうが先に死に、娘は若い身で寡婦になるが、何時までも寡婦ではいられまい”王老はそう思うと少し恥ずかしくなって「泣くのはお止め、まだ大丈夫だよ、今晩はここで一人で寝るがいい、そして明日の朝早く実家へ帰ればいい、わしが送って行ってあげる」と言い、新居から出て行こうとすると英子は王老を引き止め、更に激しく泣き「それはできません、わたしの両親は体が弱く頂いた畑とお金がなければ、わたしの一家は飢え死にしてしまいます。わたしは帰れません、お願いです。少し泣けば、わたしの気持ちは済みます」と言った。

 王老は英子の涙を見て部屋の中をぐるぐる回り、「泣くのはお止め、やはりわしは明日、家へ送って行くよ、あの畑も何もみんな上げる、今度のことはなかったことにしよう、あんたは家へ帰って孝行しなさい」と言った。英子は驚いて泣き止み、しばらく王老を見てから、少し信じられないように「畑とお金や品物、本当に返さなくていいのですか」と聞いた。
 王老が「わしは嘘はつかない」と答えると英子はそれでも信じられないというように「わたしとあなたは親戚でも何でもありません、前からの知り合いでもありません、本当にあなたは畑を只でくれるのですか、あとで後悔しませんか」と言った、王老は答えにつまり何と言っていいか分からず振り払うように新居を出ると、妻の部屋へ戻った。

 妻は心にしこりを残しているのかまだ寝ていない、王老は「やはり戻って来たよ、年をとると若い者にはついていけない」と言い、続けて「お前も当てずっぽだな、言っておくが、あの娘は少しもこの結婚を喜んでいないぞ。わしは今、娘と話して明日娘を家へ帰すことにした。あの畑はいらない、無理に捩っても瓜は甘くならない。わしらのやったことはいいことじゃなかった。たとえ子供がなくても、酷いことはできない」と言った。
 妻は溜め息をついて「いいわ、あんたの好きなようにして」と言った、王老はまた「わしはこうしょうと思うが、お前、もう何も言わず承知してくれ……」と妻に詳しく自分の考えを話すと妻も喜んで承知した。

  そして王老夫婦は一緒にまた英子の新居へ行くと、英子は呆然と座っていた。王老は「娘さん、さっきあんたはわしとは親戚でも何でもないと言っていたが、わしら夫婦は相談してあんたをわしらの養女にしたいと思うがどうだね、承知してくれるかい。もしいやでも畑は上げるから安心して帰っていいよ」と言った。
 これを聞くと英子は驚き喜び、王老夫婦の前にひざまずき叩頭の礼をして、「お父さん、お母さん」と何回も呼んだ、王老夫婦は今まで“お父さん、お母さん”と呼ばれたことがないので、酸っぱいような嬉しいような何とも言えない気持ちになった。

 翌日、王老夫婦は車で英子を実家へ帰した。黒犬も後からついて行った。英子の両親は娘の言うことを聞いて心から王老夫婦に感謝した。英子の両親は英子に養家に住み、養父母に孝行するように言ったが、英子は「二つの村はそんなに離れていないから、わたしはこれから両方の家でどちらかに用があればそこに行くわ」と言った。しかし王老夫婦は口にはしなかったが“英子が実の親と義理の親に同じようにすることはできやしない”と心の中で思っていた。

 こうして半年たち、王老の妻はまた病気になった。何を食べてもみんな吐いてしまう、今までこんなことはなかったので英子は心配して朝から晩まで養母につきっきりだった。王老が英子に医者を呼びにやると英子は産婆を連れて来た、産婆はあちこち診て妊娠だと言った、これは天が授けた大きな喜びだと王老夫婦は大はしゃぎ、四十を過ぎて五十になろうというのに初めて親になるとは思いもしなかったのである。英子は養母が流産するのを恐れ気を配って世話をした。王老は嬉しくなって妻に「英子はもう他人じゃない」と言った。

 やがて王老の妻が臨月に入ったある日、英子の実家から“父が病気だから早く帰って来い”と人に頼んで伝えてきた。英子は実の父の病気と養母の出産のどちらを世話していいのか困ってしまった。王老は「お前はやはり家へ帰って実の父の面倒をみなさい、一両日は子供も生まれないだろうし、この家にはわしがいる」と言った、英子は何日も父に会っていないので気がかりで「夜には帰ります」と言うと急いで実家へ帰った。

 世の中にはよくこういうことがあるもので英子が実家へ帰ると、すぐ王老の妻の陣痛が始まって子供が生まれそうになり、王老は慌てて産婆を呼びに走った。英子が実家へ帰った時に合わせるように生まれるなんてと気をもみながら走っていると、甥に会った、甥は伯母に子供が生まれそうだと聞くと、顔色を変えて「伯父さん、早く帰って伯母さんを診て、俺が産婆さんを呼びに行く」と言った。

 しばらくして甥は産婆さんを連れて来た。やがて王老の妻はウンウンと激しく声を上げ、一番鶏が鳴くと同時に男の子を生んだ、ところが赤ん坊は生まれて一声も泣かず、小さな顔は真っ青である、産婆は「アッ、この子は死んでいる」と叫んだ、王老の妻は苦しんでホッとしたとたんに、これを聞き、頭を打たれたようになり気を失った。王老はこの有様を見てボ−として立ったまま動かない。産婆が妻を揉んだり叩いたりすると妻はやっと息をふき返しワ−ト泣き出した。
 産婆はそれに構わず死んだ赤ん坊を王老に渡して「夜が明けないうちに急いで赤ん坊を決められた捨て場に持って行きなさい、これはしきたりだから」と言った。王老は可愛い赤ん坊を見て泣き、いたたまれず、すぐ妻の綿入れの着物に死んだ赤ん坊をくるんで行った。

 死んだ赤ん坊の捨て場は村はずれの荒れ地である。王老は「ああ、子に恵まれないのがわしの宿命か」と溜め息をついて死んだ赤ん坊を地面に置いて立ち去ろうとした、すると後ろから黒い犬が“ウ−”と飛び出した来た。見れば家で飼っていた黒犬である「食べるなら、食べろ」と呟いたがそのまま帰ることもできない。だが、習わしでは死んだ赤ん坊を振り返ってはいけない、犬に食べられても犬を追うことはできないのだ。

 さて、英子は家に帰ると父の病気は何時もの持病でひとまず安心し薬を飲ますと、養母は生涯初めての出産だから大変だと早々と王老の家へ引き返した。すると黒犬が“ワンワン”と飛びかかってきた、英子は日頃からこの黒犬を可愛がっていたから、この犬は人の心が分かり、わたしを迎えに来てくれたのだと思った。だが犬は英子の着物をくわえて離さず“ワンワン”と鳴いて引っ張るので英子は犬が何を考えているのか分からず一緒について行くと、犬は村はずれの死んだ赤ん坊の捨て場に来ると止まり、尾をなお一層強く振った、見ると養母の綿入れの着物があり、中から赤ん坊の泣き声がする英子が開けてみると生まれたばかりの赤ん坊がくるまれ、小さなお腹をピクピクさせ、お臍の脇には大きな針が半分でている、英子は慌ててお臍の針を抜いた。これは養母の着物だ、この子はきっと養母の生んだ子だ、誰がこんなむごい事をしたのだと赤ん坊を抱き、針を持って王老の家へ急いだ。

 門を入ると王老は英子を見ると泣き出した「英子や、赤ん坊は死んだ、もう少し早ければ死に目に会えたかもしれないのに運命は悲しいなあ……」英子は着物を王老に渡し「赤ちゃんは死んでいません生きています、わたしが抱いて来ました」 「本当か」と王老が着物をひろげると、これは不思議、赤ん坊は足をバタバタさせているではないか、これはどうしたことか。英子は「これはおかしいですよ、赤ちゃんを誰かが殺そうとしたのだと思います。これは赤ちゃんのお腹に刺さっていた針です」と針を出した。王老はその大きな針を見て「これはあの産婆が誰かに金を貰ってしたに違いない、誰だか見当もつく」と怒った。
 「誰がお産婆さんにお金を渡したのかしら」と英子が言うと、王老は「また出来損ないのわしの甥の仕業だ、あの馬鹿は早くからわしが死ぬのを待って財産を狙っていたのだ、わしがお前を養女にしたことを怒っていた。今度はわしに子供ができたので財産が取れなくなると考え、わしの跡継ぎを断とうとこんな悪事をしでかしたのだ」 英子は「幸いこの針が内臓には刺さっていなかったので赤ちゃんは助かったのです」と言った。
 王老はこれを役所に訴え英子が証言したので、甥と産婆は全部を白状し二人はそれぞれに罰せられた。

 夫婦は年をとってからの子で大いに喜び、村の人を招いてお祝いをした、人々はみんな王老はその徳行で息子と娘ができたのだと言った。王老は笑いながら「英子がいなければ、わしの息子はできなかった」と言った、それから英子は養父母のこの息子が七、八歳なるまで養父母を助け、それから王老夫婦は英子を実の娘ようにしてよい人に嫁がせた。  

             譚振山故事選                                   1996・8・23

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