瓶を壊し裏をかく

 清朝の末、北京に珠市口路の北に宝石、骨董など専門の大きな質屋があった。
 店の主人は王という五十過ぎのひからびた老人だが、只の痩せこけた爺さんと見くびってはいけない、なかなかの切れ者である。誰がどんな骨董を質入れに来ても、すぐその骨董の出処、年代、由来を口にし値をつける……それで人々はこの老人の眼力に敬服して“古董王”と呼んでいるのである。

 だが、遠近を問わず名を響かせたこの古董王も一度騙され、もう少しで半生の財産を失いかけたことがある。それは秋も深まったある日のこと、古董王は店に座り、風に吹かれて寒くなり酒を温め、むき落花生のつまみで一人で飲んでいた。
 しばらくしていい気分になり、店の奥へ行ってひっくり返り、ス−ス−とぐっすり寝込んでしまった。と、耳もとで自分を呼ぶ声がする。「旦那さま、起きて下さい、店に二人のお客さんが質入れに来ました」古董王は客と聞くと起き上がり、それから欠伸をすると、のろのろ帳場へ出て行った。見ると二十歳ぐらいの若者が二人、それぞれ大切そうにツルツル光った磁器の瓶を抱えて立っている。

 古董王は帳場の台に屈んで「お客さん、何を質入れするんですか」と聞いた、「先祖伝来の対の古い瓶を質にしたいのだが」二人はこう言うと、対の古い瓶をそっと台の上に置いた、古董王は酔った目でこの古い一対の瓶をしばらく眺めた、一対の瓶にはそれぞれに珠に戯れる龍が彫られている、瓶にわずかな光りが当ると二頭の龍は髭を震わせるように見え、何とも言いようがない。
 古董王は思わず「素晴らしい、この対の瓶は漢の劉邦の宮廷にあった物で、世にも希な宝物です、お二人さん、質入れですか、売り物ですか」 「御主人、さすがにあなたは玄人だ、この瓶の由来を知っているとは、高価な物で売れと言っても手放せないのだが、急に家で金が入用になったので質入れに来たのだ、半年たったら出しに来る」「あなた方、幾ら御入用ですか」 「黄金十両あればいい。半年たったらきっと請け出す」古董王は黄金十両と聞いてこれはいい商売だと思った、この瓶の値を黄金百八十両とふんだからである。古董王はすぐさま番頭に黄金十両を持って来させ、質札を書いて二人の客に渡した、二人は金と質札を受け取ると喜んで帰った。

 それから百日ほど過ぎたある日の朝、店を開けると以前宝石の鑑定に来た宮廷の役人の銭発が青い目、金髪の外国人を連れて入って来た。古董王は二人をニコニコと迎え「銭さん、今日はどんな宝石をお持ちで」と聞いた、「いや、今日は何も持っていないがいい人を連れて来た、こちらはフランスの有名な骨董の大家、ニュウストン先生だ、この度、中国には世に希な宝があると聞かれてお出でになった。わしはいろいろ考えたが、北京で一番大きく骨董専門に商売するあんたの店にお連れしたんだ、何か珍しい掘り出し物があったら見せてくれ、外貨を稼ぐいい機会だぞ」 「はい、銭さま、おっしゃる通り、私の所には世に希な物が揃っております、何か月か前にも一対の古い瓶の質入れがありました、この逸品は多分宮廷にもないでしょう。ただこの古瓶は質入れで半年先にはお客が出しに来るので売ることはできませんが」

 ニュウストン先生はこの話にとても興味を示し、たどたどしい中国語をあやつり「王サン、売リ物ジャナイ、イイデス、二ツノ古イ瓶、見テ下サイ」と片言で言った、古董王は「もちろんいいですよ、おい李、蔵からあの瓶を出して、お二人にお見せしろ」と言った、やがて二人の使用人が一つずつあの瓶を抱えて来て、ニュウストン先生の目の前に置いたニュウストン先生は静かに見ていたが、次第に興奮して瓶を抱き「オ−、コレ素晴ラシイ中国、コンナ上手ナ技アル、不思議デス……」と褒め称えた。
 だが言いながら何かを見つけたらしく、じっと瓶を見つめると、何かを疑う顔つきになり、服のポケットから拡大鏡を出すと顔を近かずけて瓶のあちこちを見ていたが、やがて首を振り、肩をすぼめ両手を広げて「王サン、アナタ長イ間、骨董屋サン商売、ダケドコンド騙サレマシタ、コレ本物ジャナイ、模造品デス、コノ瓶作ッタ職人ノ腕イイ、細カイ細工シテマス、ケド、コノ瓶焼イタアトワザト土ノ中ニ埋メマシタ、十何年タッテ出シテ、アナタノ店ニ持ッテ来マシタ、アナタ黄金十両騙サレマシタネ」

 古董王はこれを聞いて思わずドッキとしたが、もちろんニュウストン先生の言葉は間違いだと思っていた、それでも古董王はニュウストン先生から拡大鏡を渡されると、瓶を横にしたり、ひっくり返したりして一時間ほど見ていたが顔がだんだん青くなり、頭はまるで大きな水桶のようにゴウゴウと鳴り、バッタリと土間に座り込んでしまった、そばにいた使用人が慌てて抱き上げると、古董王はやっと立ち上がり、抱えられて椅子についた。

 昼過ぎになって古董王は「やられた、わしはやつらにまんまと黄金十両騙しとられた」と言った。銭発が古董王に「慌てないでその二人を捜す何かの方法を考えたほうがいい」と言うと古董王は頭をふり「こんな大きい北京でどうして捜せますか」 「捜せなければ仕方がない、あんたも大きな商売しているのだ、このくらいの損は何でもないだろう、三年か五年でとり返せる、まあしばらく休めばいい、わたしはニュウストン先生にお伴して帰る」古董王の足は鉛のように重かったが、心を奮い立たせて二人を送った。

 ニュウストン先生が帰ったあと古董王は七七四十九日寝込み、どうしてあの詐欺師を捜し出そうかと七七四十九の道を考え、体がよくなった翌日、番頭に北京の骨董商人へ宴会を開くと招待状を送らせた。翌日の昼になると骨董商人がつぎつぎと古董王の家へやって来た。十五六の食卓の上には酒と料理が並べられた。人々がみんな揃って食卓につき酒を交わし料理を食べると、古董王は人々の前に出て「みなさん、今日はあばら家へようこそお出で下さり光栄に存じます、さて私は近頃一対の古い瓶を預かりました、この瓶は世にも希な宝物です」と言って丁寧に礼をすると、二人の番頭が瓶を抱えて、前に置き、かわるがわる人々に見せた。

 この骨董の玄人たちは酒を飲み頭がくらくらしていたが瓶を見ると一斉に「なるほどこれは宝の瓶だ、一国一城に値する」と褒めそやした。
 古董王は話を続け「みなさん、見ただけでは真実は分かりません、この瓶の外見は金ですが、中味はボロ綿、見かけ倒しの贋物です」と言った。
 骨董の玄人たちはこの話を聞くとドッとどよめき、つぎつぎに席を立って瓶に近ずき仔細に眺めたあとに頭をゆらし口々に「これが贋物とは実に残念だ、またよく模造してある、古董王どんなお気持ちですか」 「ええ、話すのも本当に恥ずかしいことです」

 こうして古董王は自分が酒を飲んだあとに瓶を見て騙されたことを一通り話した、最後に古董王は「私は“古董王”と言われ半生を過ごしたのにもかかわらず悪者に騙されました、今日みなさんに来て頂いたのは、みなさんが再びこのような事に遭わぬように申し上げたかったからです、私“古董王”は黄金十両損はしましたが、かえって私の目を覚ましてくれました、これからは格別の注意を払うつもりです」と言い終わると人々の前で瓶を粉々に打ち砕いた。人々は古董王の敢然な態度に感動した。古董王が騙された瓶を打ち砕いたことは数日もせずに仲間に伝わり、大小の質屋はみなこの事を知り、何処の質屋の主人も商売に気を配るようになった。

 ある日の晩、古董王が店を閉めようとすると、あの贋の瓶を持って来た二人の男がいきなり入って来て「親爺、質を請け出す」と怒鳴った、古董王はあの瓶の男が来たと知るとハッとして二人の前へ出ると「お二人さん、質を出しに来たのですか」 「ああ、俺たちの宝の瓶だ出さないわけにはいかない、さあ黄金十両だ」 「質札と黄金十両をまず出して下さい」 「おお、みんなここにある、早く俺たちの瓶を出してくれ」古董王は老眼鏡をつけ、質札と黄金十両が贋物かどうかをじっくりと見て、確かに本物だと分かると使用人に質札と黄金十両をしまわせ、客の二人に「では私と蔵へ瓶を取りに行きましょう」と言った、これを聞くと二人はキョロキョロと目を丸くすると口を開け、ボ−として動かない、「どうしたんですか、瓶を取りに行かないのですか、何を驚いているのです」と古董王が言うと二人はやっと気がついたように古董王について蔵に行った。古董王は蔵に入ると黒く光った漆塗りの大きな戸棚を開けた、戸棚の中にはあの贋の対の瓶が入っていた、古董王は笑って「これがお二人の持って来た対の瓶です、そのままお返しします、どうぞお持ち帰り下さい」と言った。

 二人は瓶の前で半信半疑でしばらく見ていたが、確かにあの時、持って来た瓶である、二人は何も言えず贋の瓶を抱えて慌てて店を出て行った。二人が出て行くとすぐ外でガシャンと音がした、何事か、二人の男は金を騙しとることができず癪にさわって、この贋の瓶を砕いてしまったのだ。古董王は店の中からこれを見て思わず愉快そうに大笑した。そばにいた使用人は何だか分からず「旦那さま、あの時の瓶は旦那さまが壊してしまったのに、どうしてまたあの瓶があったのですか」 「ハハ、ハハ、馬鹿だな、まだ分からないのか、本当の事を話してやろう、これはわしの計略だ、あの時、骨董の玄人仲間を呼んだのはわけがあったのだ、みんなが飲んだり食べたりしたあとで、あの瓶の一件を話し、みんなの前で贋の瓶を壊した、だが実はあの日壊した瓶はわしが特別にあの贋物の贋物を職人に作らせたのだ。

 あの日、わしも金を使いはしたが、あの金は俺にしてみれば僅かな金だ、だがみんなは飲み食いしたあとで、わしに代わって、わしが瓶を壊した事を噂にしてくれ、わしの考えは的中した。だからみろ、それから間もなくあいつら二人が店に来たろう、あいつらはまた旨い汁を吸おうと思って来たのだ。質屋の親爺は俺たちのあの贋の瓶を壊した。そこへ質を出しに行けば親爺は絶対に瓶が出せない、そうすればまた百八十両の金が騙しとれると考えたのだろう、だがまさかこうなるとは思いもつかず、わしの計略にひっかかって、いとも簡単にわしから騙しとった黄金十両を向うからわざわざ持って来てくれたのだ。わしが作った芝居がこれだ。まさに“瓶を壊して裏をかく”と言うことさ」  

             譚振山故事選                                     1996・7・3

注 
 日本昔話<瓢箪の質物>(佐々木喜善,聴耳草紙)は同じ筋立てである。金の瓢箪だと百両借りだしたまま返しに来ない男に困った質屋の婆様が近所の子供たちにお菓子を配り、/質屋の婆様が/黄金の瓢箪コなくしたとサ/請人が行ったらば/ナゾすべなァ/という歌を流行らせ、男から百両と利息を取り戻す。

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