包公、猫を借りる

 猫は眠ると“ゴロゴロ、ゴロゴロ”と声を出す。猫がこうして“ゴロゴロ”言うのは 「返すと言って返さない、包公の馬鹿野郎」と包公を罵っているのだと言われている。
 しかし何故、猫が包公を恨むのだろう。これには面白い昔話がある。

 伝説によると宋朝年間の春、穏やかな開封府の中で不思議な事が起きた。ある日の朝、包公が事件の裁きをする殿堂にいると、突然、外からガヤガヤと人が入って来た。何事かと包公は顔を上げて驚いた、なんと外から入った来た黒い顔の男は自分とそっくりで寸分も違っていないのだ、あとからついて来た四人も従臣の張龍、趙虎、王朝、馬漢と全く同じだ。
 本当の包公は髭をふるわして怒り、この五人は妖精だと、すぐに守衛に「この妖精を追い出せ」と声を上げて命じると、この五人はサッと散り、それぞれ本当の包公、張龍、趙虎、王朝、馬漢のそばに駆け寄り混じってしまった、守衛たちは面食らって誰が本物か偽物か分からなくなり木彫りの鶏のように、キョトンと立ちすくんでしまった。

 さて、本物の包公は昔から日夜、陰陽を判じて善悪を決していたのだが、それが自分の身になると、かえってどう判断していいか分からず、この妖精どもを退治するいい考えが浮かばない。転がるように関帝廟へ行き、玉皇大帝に開封府へ五匹の妖精が乱入し、人々の安寧を乱そうとしています。どうか天兵を下界に派遣し妖精を退治されるようにと祈祷文を黄表紙(祭祀用の黄色い紙)に書いて捧げ、香とともに焼いた。

 包公は開封府へ戻ると疲れてすぐ床につき、目を閉じてうつらうつらして、眠りに入ると、大きな黄表紙の上に座り、空に舞い上がり天界に着いた。包公は自分が天界へ来たことを知り、嬉しくなって玉皇大帝を訪ねてみようと思い、天界の厳重なきまりも構わず進み、西王母の住む瑶池を通り、月の宮殿を抜け、あちこち歩きやっと玉皇大帝のいる霊霄宝殿を探しあてた。

 包公は豪胆な人で真っ直ぐ、金色にキラキラ輝く霊霄宝殿の中へ入って行った、宮殿には薫りが漂い、玉皇大帝は正面の金の椅子に座り、玉の美酒を飲み、天女たちの歌舞を御覧になっていた。包公は玉帝の前へ進みひざまずいて、三回叩頭の礼を捧げると「天にまします玉皇大帝、小民包文正、謹しみてお目見えいたします」と言った。
 玉皇大帝は包公に目をやると銀色の髭をしごき悠然と「おお、お前が常々皆が言っているあの包黒子(パオヘイズ) か」と言った、包公は慌てて「まさしく、わたくし奴で御座います」と答えた。「包黒子、わしに訴状を出したのはお前か」 「はい、まさしく」 「わしはすでに太白金星を下界にやり調べさせた、お前の訴えたあやつらは天宮御膳房の中の五匹の鼠の精だ、供え物を盗み食いしたので、天界から追い出したのだ、あやつらが自らを改めず人民に悪事をしょうとは思わなかった。わしがお前に天界の猫を貸そう、お前が猫を抱いて戻りその妖精の前に出せばすぐ正体を現し、猫はあいつらを食べてしまう、だが、五匹の鼠を退治したらすぐ猫を送り返せ」と言った。

 包公は天界のお猫を借りれば鼠の妖精を退治できると喜び、叩頭の礼をするとすぐ「五匹の鼠を退治したら、すぐお猫をお返しします」と答えた。すると太白金星が十何斤もありそうな大きな三毛猫を抱いて来て包公に渡した。包公は慌てて身を起こし、三毛猫を落とさないようにしっかり抱いた。そしてまた玉帝に二回礼をして金鑾宝殿から退出した。
 すると“カンカン”ときっぱりと澄んだ拍子木の音が耳もとに響き、ハッと目を覚まし、包公は自分が寝ていたことに気がついた、今のは夢だったのだ、包公は鞋を履こうとして足を下ろすと、何か毛のむくむくした物を踏んだ、驚いて見ると、鞋の上に今、夢で見たばかりのあの天界のお猫と全く同じ一匹の大きな三毛猫がうずくまっているではないか。
 包公は嬉しくなり、素早く頭が働き全てを理解した、夢は本当だったのだ。そして心に玉皇大帝の言葉を繰り返し、祈祷文は無駄ではなかったと考え、その三毛猫を抱え、天界に向かって礼を捧げ「玉皇大帝、お猫の御礼を申しあげます、五匹の鼠を退治しましたら、きっとお猫をお返しいたします」と言った。

 包公は翌日朝早く猫を抱いて今度は判断に迷わず殿堂に入ると、偽の包公はもう本当の包公の椅子に座っている。
 本物の包公はこれを見るや、怒りを隠さず妖精たちを指さして「この流れ者の鼠ども、お前たちがやたらに人間界になだれ込んでは人民は安心できない、今日こそ、この包公さまの力を見せてやる」と言い終ると、あの大きな天界のお猫が包公の袖からおどり出た。
 諺に“豆腐ににがり、固まって静まる”と言う、猫が出ると偽包公の一味はたちまちもとの五匹の大きな鼠となり、猫は鼠に襲いかかり、一匹を口にくわえ四つ足で四匹を押さえた。包公は大喜びして猫に駆け寄り頭を撫で「いい猫だ、さすがに天界のお猫だ、本当によくやった、明日わしはきっと玉帝にお前に功労賞を下さるように報告する」と言った。

 猫がこれを聞いて得意気に口を開けて笑ったとたん、くわえられていた鼠が逃げ出した、猫は逃げ出した鼠を見ているだけで追いかけられない、猫はカッカとして包公をを睨んだ、包公も後悔したが何もできないでいると、猫は四匹の鼠を食べ終わると、大白金星を下界に遣わし自分を迎えに来るように黄表紙に書いて玉皇大帝に出すように包公に言った、だが包公は承知しない、包公はもともと考え深い人で、逃げた鼠が何処へ逃げたか分からないから、将来またこの鼠が偽包公になって来るかもしれない、その時のために猫は返すことはできない、逃げた鼠を捕まえてから返してもおそくはないと考えたのである。

 包公は猫が逃げることを恐れ、鉄の鎖で繋いで部屋に閉じ込めた、猫は天界で幸せに暮らしていたのだから、こんなことは耐えられない、猫は包公が天界へ自分を返してくれないので怒り、“ミャオ、ミャオ”と叫んだ、猫は何処へも怒りを向けるところがないので、ただ「返すと言って返さない、包公の馬鹿野郎」と罵るしかない。こうしてこれが猫の習性になり、猫は目を閉じて眠ると包公を罵り始める、嘘だと思うなら猫が寝ている時に猫の前に屈んで、猫が“ゴロゴロ”と言っているのを聞いてみるがいい、本当にそう言っているから……     

             譚振山故事選                                  1996・6・12    


 包公…包 拯(999〜1062) 北宋の清廉潔白な官吏、字は希仁 今の安徽省合肥の人。(中国歴史文化事典)

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