橋を作った馮高
昔、石仏寺山の麓に母親が早く死に、一人で山の柴を刈って暮らしていた馮高という男がいた。
その馮高の家の前に小川があった。川幅は広くも狭くもない、大きな一歩では越せず、二歩というわけにもいかない、飛び越そうとするなら、余程飛べなければ無理だ、若くて元気であれば飛び越えられもしょうが、年をとり足が敏捷でなくなった者がこの川を越えるにはずっと遠回りしなければならない、まして足の悪い人はなおさらである。
馮高は毎日、川を恨めしそうに眺めながら川の両側を忙しく行き来する人を見て、なんとか川に石橋を作り人々の苦痛を取り除いてやろうと決心した。
翌日、鶏が鳴くと馮高はノミ、ツルハシを持って川へ行き、石を運び、石を削り休まず働いた。石仏寺山には昼も夜も“ティンタン、ティンタン”とツルハシの音が響いた。“真の志を持つ者は本領を発揮する”という。やがて川に小さな石の橋が出来た。馮高は橋の上をつぎつぎと行く人を見て、蜂蜜を嘗めるより甘い豊かな気持ちになった。村人たちはみんな馮高は人のためによい事をしたとほめ「馮高は心優しい若者だ、将来きっと報われるだろう」と噂した。
村人たちの評判が広がると、ほどなく県知事にも橋を作った馮高のことが伝わった。県知事は馮高という若者はきっと勤勉で能力もあるだろうと考え、馮高を招き側近として仕えさせた、県知事は馮高の言動がすべて気に入り、やがて県知事の執事となった。執事になって三年目、県知事が急病で死ぬという思わぬ運が回って来て馮高は県知事になった。
馮高は県知事になると初めの数ヵ月はかっての村人を忘れず、何時も役人に食べ物や日常の品々を村の貧しい人々に届けさせた。だが日のたつうちに馮高は奢り高ぶるようになり、何時の間か広大な田畑を持ち、多くの妻妾を娶り、大勢の女中や使用人をおくようになり、贅沢に暮らし、貧困な村人たちのことはすっかり忘れてしまった。
やがて馮高は県知事では満足できず、より高い大官を望むようになった。ある日、石仏寺山に人の将来を非常に上手に占う道教の僧がいると聞き、車に乗って石仏寺山へ登った。辺りは静まりかえり、山の寺院に入ると殿堂の中から澄んだ木魚の音が聞こえてくる。馮高が殿堂に入ると白い髭の道僧が目を閉じて布団に座り読経していた。
馮高は前に進み道僧に礼をして「和尚、私はここの県知事です、あなたが将来を占うと聞いて、やって来ました、私が将来、国の高官になれるかどうか占って下さい」と言った、「おお、あなたが馮高知事ですか、では本当のことを話しましょう、本来あなたには官になる運はありませんでした。しかし昔、あなたは人のために橋を作るいいことをしました、そこであなたは人の上に立つ好機を得て、今の県知事になったのです。あなたが更に大官を望むのは難しいことではありません、常に人々のために徳を積み、善行を施せば、あなたは将来必ず大官になれます」と答えた、馮高は道僧の話を聞いて喜び、多額の銀貨を差し出した。
馮高は官舎に戻って頭をしぼり“あの和尚の言うことは間違っていない、わしは人のために小さな橋を作り、それからとんとん拍子に出世して県知事になった、小さな橋を作って県知事になれたから、大きな橋を作ればもっと偉い宰相になれる、そうだ、南山の麓の大河には橋がない、あの大河に橋を架けよう”馮高はすぐにも大官になれるような気になり、翌日から役人たちに、県に住む大勢の人々を集めさせ、南山の麓の大河に橋を作らせた。苦しんだのは毎日一回の食事で日の出から日没まで、夜は星がでてもまだ働かせられた貧しい民衆である。
こうして何日も何日も民衆を働かせ、石橋は出来上がった。しかし多くの人が疲れ、飢え、死んでしまった。だが馮高は民衆の死なぞかまわなかった。馮高はうきうきしてまた寺へ行き「和尚、わしは南山の麓の大河に橋を架けた、今度はどんな大官になれるか、わしの運をみてくれ」と言った、道僧は冷ややかに笑って「わしに聞くことはない、今日正午に出来上がった橋の上で待つがいい、橋を渡って来たものにお前はなれる」と言った。これを聞いて馮高は喜んで山を下り、橋へ行って待っていた。
馮高は橋の上でドキドキしながら“橋を渡って来るのは誰だろう。皇帝それとも宰相か地方巡察長官か”といろいろ考え、心をワクワクさせ待ちに待っていると、土ぼこりをあげ、馬蹄の音が聞こえてきた。馮高は喜び、心の中で“これはきっと馬に乗った大官が来たのだ”と思っていると走って来たのは一頭の黒い大きなロバ……、待っていたのに来たのはロバ、馮高は気を失い橋の上に倒れてしまった。
ロバは馮高のそばへ来ると、頭を下げ長い舌で馮高の顔を舐めた、すると不思議、たちまち馮高の姿が見えなくなり一頭の小さな黒いロバが現れ、何か訴えるように大きなロバのわきで叫んだ……馮高の酷いやり方に天の神が懲罰を下し馮高を一頭の小さなロバにしてしまったのだ。
譚振山故事選 1996・6・10