父と子とロバ
ある父親と息子が町の市場へ買い物に行った。
息子は十四五歳、父親は五十歳ぐらい、父親は俺は年が上だからとロバに乗り、息子に後ろからロバを鞭で追わせた。
やがて、日も高くなり、畑仕事をしている百姓たちがこれを見て「あの親は年寄りでもないのにロバに乗り息子を歩かせて、恥ずかしくないのかね、馬鹿でなければ少しおかしいのではないか」と笑いながらお喋りをしていた。
父親はこれを聞いて“息子に鞭を持たせ後ろを歩かせるのはまずい”とロバから下りて息子を乗せ、自分は後ろからロバを追った。
またしばらく行くと、道の両側の人が「あの父子は全くわきまえがない、おかしいのじゃないか、それとも馬鹿か。若い者がロバに乗り、老いた父を歩かせるなんて、とんでもない、年寄りを乗せるのが当たり前だ」と言っていた。それを聞いた息子はロバから下りて父親をロバに乗せ、後ろからついて行った。
するとまたまたそれを、おかしいと笑う人がいたので父子は二人一緒にロバに乗って行くことにした。
父親と息子を乗せたロバはのろのろ歩き、力を出し切って全身汗だらけになった。しばらく行くと道端の人が「あの父子は市場へ行くのに二人でロバに乗り、あのロバは耐えられるのか、ロバは疲れて死んでしまうではないか」と言った。
父親は“それはそうだロバが死んでしまえば大変だ、これはいけない、二人で乗っては駄目だ”と思い、ロバから下りてまた行った。
するとまた道端の人が「あの父子は本当に物を知らない、おかしくなければ馬鹿だ、でなければ、何かにとりつかれたのか。ロバを牽いているのに乗らないなんて」と言った、それで父子はまた考えて“そうだロバを牽いて乗らないから笑われるんだ、ロバを担いで行こう”と父親は腰から縄を取り出して、ロバの四本の足を縛り、担ぎ棒を捜して父子二人で担いで行き、これなら人に何も言われないだろうと思っていた。
大きなロバを担いで行くのは大変だ、父子はロバを担いで、小さな峠を越えるにもひどく疲れた。人がそれを見てまた「あの父子は全く何も知らない、ロバが疲れると言って、ロバに乗らないなんて、一人が乗って一人が牽けばいいのに、担がれたロバだって苦しいだろう、わけもなく頭を下にされてはロバだって死んでしまう」と言った。
父子は“ロバを担ぐのは、わしらも疲れるし、ロバも死んでしまう、どうしよう”と考え、町の近くに着くと担いだロバを地面に下ろし、座り込んで“フウフウ”と息をついた、いいことにロバはまだ死んではいない、ロバも少しは楽になったがまだ担ぎ棒に縛られたままだ。
そこに道教の老僧が通りかかり「お前さんたちロバを縛ったまま座り込んで何をしようと言うのかね」と聞いた、「じゃあ、どうすればいいんですか、二人で乗っても、一人が乗って一人が牽いてもおかしいと人に笑われる、それで父子で担いだのですが、ロバが死んでも困るし、牽いて行けばまた人に何とか言われるので困っているのです」と答えた。
老僧は「ロバは売るのかね」と聞いた、「いいえ、町で買い物をしてそれをロバに積んで帰るのです」 「ロバを一人が牽き、一人が後ろから追って行けばいい、そうすれば誰も乗らないで済むしロバも嫌がらない、それに買った物をロバに積んで帰るのに、どうしてあんたたちが乗るんだ、あんたたちはそんなことも気がつかないのか」と言った。
道教の老僧に教えられた父子は一人がロバを牽き一人が後ろから追って町に入り、買い物をしてそれをロバに積み家へ帰った。
撫順市巻下 1996・5・29