弓くらべ婿
昔、ある山の麓の村に田という老夫婦と娘が住んでいた。田爺さんは猟師で子供の頃から弓を引く名手であった。飛ぶ鳥、走る獣を見れば弓を引き百発百中で、人々は田爺さんを弓の神様だと称えた。
田爺さんの娘の名は英、十八の娘盛り、利口で美人、つぶらな瞳、愛らしい頬に丸い笑くぼ、まるで今開こうとする蓮の花のようだ、十里四方の村々には田爺さんの家には天女がいると噂された。こんないい娘だから科挙の秀才や商人、果ては役人まで、みんな結婚を求めて田家の門を敲いた。しかし老夫婦はその申し出を婉曲に断っていた。娘がその人たちをみんな嫌っていたわけではないのに、どうして結婚しなかったのだろう。
ずっと猟師だった田爺さんは娘には若い猟師を婿に迎え、嫁には出したくなかったのだ。
老夫婦はいろいろ考え、娘の婿を弓くらべで選ぶことを思いつき、それを高札で知らせることにした。
さて、この高札を立てると十里四方の村々から若者が何人も来た。田爺さんはその若者と山へ登り、飛ぶ鳥や雉を指し、「一本の矢で飛ぶ鳥、雉を生かしたまま射落としたら、わしの娘の婿にする」と言った。
しかし、若い猟師たちは何時も射殺して鳥を捕っていたので、誰も生きたまま鳥を射落とすことはできなかった。こうして田爺さんの求める弓矢の術は厳しく、若者はみんなあきらめてしまい、田爺さんは一人として婿を選ぶことはできなかった。
ある日、田爺さんは家の門前で、一人の若者がうろうろしているので「お前さん、何か用かい」と聞いた、若者は「別に用事ではないのですが、さっき雉を射落としたのですが、こちらの家の庭へ落ちたものですから」と言った、「それなら入って捜していいよ」と田爺さんは若者を家の裏へ案内した、すると確かに一羽の雉が落ちている、若者は雉をを取り上げ、尻の矢を抜き、手に下げて出て行った。田爺さんは若者を見送りながら、“この若者の弓は素晴らしい”と思った。
実は若者は王二といい、田爺さんの家から十数里離れた王村に住んでいる。独り者で他人の鶏やアヒルを盗み、いいことをしたためしがない。盗みがなければ、一日山でブラブラと薪を取るといういい加減な生き方をしている悪者だ。
ある時、王二はまた稼ぎがなくて、いやいや山へ薪を取りに出かけると、弓矢を持った二人の若者が話しながら歩いているのに出遇った。一人が「俺たちの弓が上達して、鳥の尻を一矢で仕留められれば。あの天女のような娘と結婚できるのになあ」と言い、もう一人が「俺たちの弓じゃあ、まだ駄目だ、誰もあの娘とは結婚できない、しっかり腕を磨くしかない」と言っているのを耳にした。実は王二も田爺さんが弓くらべで婿選びをしていることは知っていたのだが、矢を射る腕はないので行かなかったのだ、それが二人の若者の話を聞いてハタとうまいことを思いついたのだ。
まず市場へ行って雉を盗み、弓矢を持ってそっと田爺さんの家の裏に行き、辺りに人がいないのを見ると矢を雉の尻の穴に刺し、田爺さんの庭の中に投げ込んでおいて田爺さんを騙そうとしたのである。
さて、王二は雉を拾うと得意そうに表門から出て振り返り、まだ庭に立ってこちらを見ている田爺さんを心の中で“この爺さん、俺の罠にひっかかったな”と思っていた。
翌日、王二は昨日のようにまた市場へ出かけて雉を盗み、尻に矢を刺して田爺さんの庭へ投げ込み、また田爺さんの庭に入った。田爺さんは今日も雉を射落としたのは昨日の若者であることが分かり王二をほめて「お前さんの弓の腕は素晴らしい」と言った。
王二は田爺さんが自分の罠にはまったと分かると「私の矢は百発百中、尻をはずしません」と大嘘をつくと腰を曲げて雉を拾い上げ、田爺さんに見せた。田爺さんは「いい腕だ、いい腕だ」とほめていると、田爺さんの老妻も来て「家へ入って茶を飲んで休め」と言った、王二が家に入ると老妻は「お前さん、所帯持ちかい」と聞いた、それを聞くと王二は嬉しくなって、「いいえ、独り者です」と答えた、田爺さんは「わしはお前さんを娘の婿に迎え、わしらを世話して貰いたいがどうだね」と言った。
王二は老夫婦が婿に迎えたいと言うのを聞くと「そう願えれば私も嬉しいです」と答え、姿勢を正し、両手を合わせてお辞儀をしたあと「私はこちらのお嬢さんと結ばれれば、父上、母上に百年の孝養を尽くします」とひざまずき地に三回頭をつける礼を捧げた。老夫婦は「よい婿を迎えた」と喜んだ。こうして十日後に式を挙げることが決まった。
その晩、老妻は田爺さんに寝床で「せかせかと娘の結婚を決めてしまったが、まだあの婿の本当の腕前を見ていない、“百聞は一見に如かず”というから、明日、婿と一緒に山へ行って、婿の弓の腕前を見たらどうだい」と言うと、田爺さんも老妻に言うことも尤もだと思い「お前に言う通りだ、明日、わしは山へ行って、婿の本当の力を見て来よう」と言った。
翌日、朝早く田爺さんは王二に「ちょっとお前さん、山へ行き獣を捕って来てくれ、わしは行かないから」と言った。王二はびっくり、本当は猟はできないと言えば結婚は駄目になるし、山へ行けば野獣に出遇い命を失うかもしれないと、ふるえたが覚悟を決めて「はい、行きます」と答えてしまった。
王二は勇気を奮い、弓矢を持って山へ行った、もしかしたら一二頭の凍死か飢え死にした獣が見つかるかもしれない、そうしたらそれを拾って帰って騙し、娘を娶ったあとで何とかしようと考えた。王二が山へ入ると、田爺さんと娘はそっと後をつけた。すると突然、草むらから一頭の虎が飛び出した、王二は慌てて弓矢を捨てて逃げ出したが、虎は一瞬早く跳びかかり王二を咬み殺してしまった。見ていた田爺さんと娘は選んだ婿が一本の矢も射てぬ能なしと知り、素早く矢をつがえて虎を射た、一本は左目に一本は額を射ち抜いたが、虎は“ウオ−”と大きく真っ赤な口を開いて跳びかかってきた。
するとこの時“サア−、サア−”と二本の矢が飛んで来て、一本はまさに開いた虎の赤い大きな口に刺さり、続いての一本は虎の右目を射抜き、虎は地に倒れ息をしなくなった。田爺さんと娘は驚き、頭を上げると、山腹を弓矢を下げた若者が走って来た、若者は田爺さんの前に来ると「去年、あなたが弓くらべで婿を選ぶ高札を出されましたので、私も応じましたが選ばれず、今まで毎日ずっと山で鳥を射、獣を追って腕を磨いてきました。そして今、私はよいところで矢を放つことができました、御覧になって私は婿になれるでしょうか」と言った、田爺さんはすぐうなずいて「なれる、なれる」と答えた。
こうして、田爺さんと娘はこの若者を連れて家へ帰り、先に決めていた王二との結婚の日に、娘はこの山で虎を射た若者と結婚した。そして一家は猟で暮らしをたて幸せな日々を送った。
姜淑珍故事選 1996・5・23