この世にあの世つけ
諺に“恨みには相手があり、借りには貸し手がいる”、“現世の借りは来世まで”と言うが、これには確かに道理がある。
昔、王という長者がいた、金はあったが連れ合いに先立たれ、一人息子を二十歳まえに結婚させた。式には長者の義弟の趙声も祝いに来た、式が終わり親類縁者もみんないなくなると、一人残っていた趙声は長者に声をかけた「義兄さん、少し話があるんですが、いいですか」 「なんだい、遠慮なく言ってくれ」 「実は私も世話してくれる人がいて結婚の話はついたのですが、手もと不如意で娶れないでいるのです、それで銀三百両借りたいのですが、結婚したら少しずつ返しますから、どうでしょう」と言うと、長者は二つ返事で「いいよ、いいよ、妻を娶って所帯を持つのはめでたいことだ、わしも力を貸してあげたい」と言い、すぐ番頭に銀三百両を用意させ、趙声に渡した。
趙声は金を受け取ると「義兄さん、すみません、家へ帰ってから、いい日を選んで手紙を出します」 「ああ、足りなかったらまた来ればいい」趙声は「はい」と言って帰った。
こうしてその日の晩、趙声は借りた金を持って仲人の家を訪ねると、仲人は「あそこの娘の母親はあんたが一年も結納の品を届けないから、あんたが貧乏な男だと言ってほかの家と縁組させてしまったよ、金がなければ結婚は無理だ、一生独りでいるよりしょうがない」と言った。これで趙声はやけになり、酒をあおり、賭場で銀三百両をみんなすってしまった。それで趙声は恥ずかしくて王長者の家へ行けなくなってしまった。
月日は流れ、またたく間に十四五年が過ぎた。王長者も年をとり一年一年と体が弱くなり、ある日、長者は枕もとに息子を呼び「わしはお前の叔父さんに、お前が結婚した年に銀三百両貸してやったがずっと返しに来ない、たいした金でもないから、お前には話しておかなかったが、叔父さんに余裕がなさそうなら、返して貰わないでくれ、他人じゃないんだから」 「はい、お父さん分かりました、心配しないで下さい」と息子は答えた。
それから何日もしないで王長者はこの世を去った。息子は親思いで、きちんと七七四十九日の喪に服し、盛大に父の葬儀をした。息子はこれだけ立派な葬式をすれば叔父さんも来てくれるだろうと思っていたが、やはり趙声は姿を見せなかった。
王長者の死後、息子が家を継いだ。ある日、息子はぼろぼろな着物を着た叔父さんに遇い、呼ぼうとすると叔父は驚いて逃げてしまった。それから叔父の行方は分からなくなった。
それからまた三年過ぎたある日、息子が昼寝していると、首に白い布を巻いた叔父が来た、「叔父さんどうぞ中へ入って下さい」と言っても叔父はどうしても中へ入らず「借金を返しに来た」と言う、「父は死ぬ前に叔父さんの借金は返して貰わなくていいと私に言いました。叔父さんは何も返さなくていいのです」 「それはいけない。この世で返せなかったから、馬に生まれ変わって返す」そう言うと叔父はすぐ馬小屋へ走って行った。そこで息子は“アッ”と声を上げて目を覚ました、夢だったのだ。
すると外で馬を制する声がする、「旦那さま、旦那さま、早く来て下さい、小馬がいます」 「なに」と息子が馬小屋へ行ってみると小豆色の小馬が繋がっている、見ると首に一本の白い筋がはいっている、それは夢の中でみた叔父さんが首に巻いた白い布と同じようだった、息子は叔父さんがこの馬に生まれ変わって借金を返しに来たのだと悟った。
小馬は日に日に大きくなった、息子は大きくなった馬を見てあの日の夢を思い出し、馬に聞こうとしたが馬は口がきけない、しかしこの馬は叔父さんだろうと思っていた。
ある日、息子は馬小屋は行って、馬に「もしお前が私の叔父さんなら、三回頭を下げておくれ」と言うと馬は息子に向かって三回頭を下げた、こうして息子はこの馬が叔父さんだと分かり、それからこの馬には仕事をさせず、美味しいかいばをやるようにした。そして人がいない時に「叔父さん」と呼ぶと馬はうなずいた。
ある日、息子はこの馬を牽いて町へ出かけ橋を渡っていると後ろから車に大小の素焼きの瓶をのせた瓶売りが来た。
すると馬は突然、この瓶売りの車を何度も蹴り、車をひっくり返し、瓶を全部割ってしまった、瓶売りは怒って息子に「瓶が全部壊れた、弁償しろと叫んだ、息子は馬に「叔父さん、どうしてこんなことをしたんですか。私はとんだ災難ですよ、お金も持っていないし、家は遠いし弁償ができません」と言うと、瓶売りは「あんた、どうして馬を叔父さんと呼ぶんだ」と聞いた。
「それは聞かないでくれ、こうしよう、あんた一緒に私の家へ来てくれれば弁償する、いまあまりお金を持っていないのだ」 「どのくらい離れているんだ」 「三十里ほどだ」 「そりゃ遠くて駄目だ」 「それならどうしたらいい」 「そんなこと知らない、俺は瓶の代金を弁償してくれればいいのだ」 「幾ら弁償すればいいのか」 瓶売りは自分に理があるので勢いづき「銀二十両だ」と言った。
息子は馬に「叔父さん、この人にやる金をとりに、私を乗せて家へ帰って下さい」と言って馬に乗った、しかし馬は動かない、息子はまた「叔父さん、行って下さい、この人の瓶を壊したから弁償しなければならないのです」だが何度言っても馬は歩き出さない、息子は仕方なく馬から降りた、瓶売りはそばで聞いていて、この人はおかしい、どうして馬を叔父さんと呼ぶのだろうとまた不思議に思い「あんたどうして馬を叔父さんと呼ぶのかね」と聞いた。
「この馬は私の叔父だから叔父さんと呼ぶのです」 「この馬はあんたの叔父さんの生まれ変わりなのかね」 「それはあまり詳しく聞かないでくれ」 「あんたの叔父さんの名は何というのかね」 息子は叔父の名前と、住んでいた村の名を言った、すると瓶売りは 「えっ、趙声だって」 「あんた、私の叔父を知っているのか」 「知っているとも、よく知っている、十年前、俺は趙声から金を二十両借りたんだ、趙声は返してくれと言ったけど、俺は返せなかった、それから趙声は俺を見ると金を返せと言うから、俺は数十里離れた村に逃げ出して暮らしていたんだ」と瓶売りが話し終わると、馬がうなずいた。
瓶売りは 「きっと、あんたの叔父さんは俺に金の催促をしたのだ、俺は趙声に借りがあるから仕方がない、この瓶の代金で趙声の借りを返すから弁償しなくていい」と言うと行ってしまった。
こうして“現世の借りは来世まで”と言う昔話が残されたのだ。
姜淑珍故事選 1996・5・16