賢い娘
何時のことかわからないが劉という家に夫婦と一人の息子が何の不自由もなく楽々暮らしていた。けれども天には不測の風雲があり、人には朝夕の禍福がある。
息子は成人もせぬ若いうちに母親を病で亡くした。しばらくして父親は後妻を娶った、諺に“父と幸せに暮らし、父の再婚を恐れる”と言うのは本当だ。継母は息子の劉昌につらくあたり、何時も劉昌を困らせた。
家では羊を飼い劉昌が放牧をしていたがある日、継母は一頭の羊をだし、大きな高い声で「お前この羊を市場で売って、糠二升を買い、羊にのせて帰っておいで」と言った。
劉昌は何も言わず外に出たが心の中で「これは私を困られせているのだ、羊を売って糠を買いそれを羊にせて帰れるわけがない、羊を売らなければ糠を買うお金はできないのだから」とつぶやいた、どう考えてもいい方法はなく心の中は重くなるばかり、こんな無理を背負っては元気もでない。しょんぼりとのろのろ歩き、歩いてはとまり、とまっては歩き、やっと家と市場との中間にある河のほとりについた。
春まっ盛りで河辺には桃の紅、柳の緑、山は輝き水は清く素晴らしい景色だった。だが劉昌は河のほとりに座り景色を眺めるでもなく、ただ市場へ行っても無駄だし、外の場所へ行っても同じだと思い、羊のひもを手にして涙をポトポト落し、帰って継母にどう言ったらいいか思い悩んだ。
ちょうどこの時、河辺で一人の娘が洗濯をしていた、年は劉昌といくつも違わないようだ。娘は劉昌の様子を見て「あなた、なぜ泣いているの」と聞いた、劉昌は娘を見ると 「私が泣いているわけをあなたに話しても、しょうがないことです、この気持ちはあなたにも分からないでしょう」と言った、すると娘は「アラ、吹かなければラッパは鳴らないし、言わなければ話は分からないものよ、あなたが話してわたしがどうして分からないと言うの、もしかするといい考えがでるかもしれないわよ」と言った。
それで劉昌は「母が継母で私をいじめるのです……」と話しながらまた涙を落とした。娘はそれを聞くと溜め息をついて頭をさげ、思わず髪にさしていた簪を河の中に落としてしまった、慌てて手をのばして河の中をさぐったが見つからない、劉昌は娘が何を落としたのかよく見ていなかったので、つい「あなた、何を探しているのですか」と聞いてしまった、娘は「髪を結んでいた簪を河の中に落としたんです」と答えた「金ですか、銀ですか」 「木です」 「木の簪なら別のものではいけませんか」娘はゆっくりと思い出すように「金でも銀でも、わたしのはかえられないのです、この木の簪はわたしの母が死ぬ時に残してくれたものですから」と言った。
「劉昌は思わず涙をぬぐい心の中で“世の中に実母を慕わない子はない、私だけではないのだ”と思い、娘が何か聞く前に継母がどんなに自分につらくあたるか初めから娘に話した、劉昌が話しおわると、娘は何か方法を考えたのか、口をすぼめて笑い「いいことがあるわ、わたしが櫛をあげるから羊の毛をすいてそれを売り、その金で糠を二升買い、それを羊につけて帰ればいいわ」と教えた。劉昌は娘が話してくれた考えはいいと思い娘から櫛をうけとると、羊をひいて市場に行き羊の毛をすいて売り、二升の糠を買うと、それを羊にのせてニコニコと家へ帰った。
継母は不思議そうな顔をして「お前の考えではないだろう、誰がお前に教えたの、早くお言い」と言った、本当のことは話なせても嘘は話しにくい、いろいろ聞かれて劉昌は河辺で娘に遇ったこと、娘が教えてくれたことなどありのままに話した。
継母は「その娘は賢い、このつぎの市に、お前わたしを娘の所へ連れてお行き」と言った、つぎの市の日がきて継母と劉昌が行くと、娘はやはり河で洗濯をしていた、継母は劉昌を待たせて、一人で娘に近づいた、娘は振りむいてすぐわけを察し、今度は簪を河に落としてもいないのに河の中を探った。継母は不思議そうに「あんた何を探しているの」と聞くと娘は「簪です、木の簪です」と答えた、継母は「木の簪だって、また買えばいいのに」と言った、娘は深く溜め息をついて「金でも銀でもかえられないのです、この木の簪はわたしの死んだ母の形見ですから」と言った。
継母も賢い人でこの話に心を動し、この娘は継母は実の母に及ばないというたとえ話をわたしにしているのだと思った。このことがあってから継母は劉昌に優しくなり、それから仲人に頼み娘を劉昌の妻に迎え一家仲睦まじく暮らした。
聊斎 * 子続集 1996・4・30