猿と青蛙と虎
冬に雁が渡る南の地方に峰々の重なる高い山とその麓に緑の木、紅い花に囲まれた大きな湖がありました。湖は鏡のように静まり青く澄んでいます。その岸辺の蓮の花の下に働き者の青蛙が住んでいました。青蛙は飛んだり跳ねたりして武芸を身につけ朝晩、花や草の周りで悪い虫を捕まえました。そして鳥が飛び、獣が走りここへ水を飲みに来ると“グワグワ”と喜んで歓迎しました。
こうして湖には穏やかで素晴らしい日々が続いていましたが、突然、災難がやってきました。山の上の猿が虎の威をかりて自分は王さまだと言い出したのです。
ある日、猿は偉そうに木の枝につかまり辺りを見ていました、丹頂の鶴は岸辺で水を飲み、鹿の群れも来ました。孔雀は美しい色とりどりの羽を広げています、そんな中に玉のように光る緑色の青蛙がいます。本当にいい気分です、だが猿は“フン、この山の上では虎の兄貴を除けばこの猿の俺が一番だ、どうしてあいつらは自由に飛び勝手に走り、水を飲んだり遊び回ったりするのだ”と、だんだん癪にさわってきました。
そこで猿は木から下りると虎の威をかる狐よろしく「俺は虎の兄貴の弟分の猿の王さまだ、誰でも俺に黙ってこの湖で水を飲むな……」と怒鳴りました。それで鶴も鹿も孔雀もみんな一緒になって逃げ出しました。誰も猿のとばっちりをうけたくはなかったのです。でも青蛙は我慢できず「猿よ、そんな出鱈目言うなよ、みんなずっとここの水を飲んでいたのだ、ここの水は綺麗で甘いから、あんたもいくら飲んだっていいんだよ」と言いました。
すると、猿は目をむき「この湖は俺のものだ、お前のものじゃない}と怒鳴り返しました、だが青蛙は「俺は生まれも育ちもこの湖だ、どうしてこの湖がお前のものなんだ」と切り返しました。すると猿は「俺は猿の王さまだ何がなんでもこの湖は俺のものだ」とむちゃくちゃなことを言い出して、木の上から飛び下り、花や草を引き抜き湖に投げ入れたり、石を運んで湖に落としたりして、澄んだ湖を濁らせました。
青蛙は怒って「猿、どうしてそんなことをするんだ」と言うと、猿は憎く憎くそうに「このチビ、俺に盾突くのか」と言い青蛙に掴みかかりました、青蛙は跳び上がって猿の背中に乗りました、猿は青蛙を抓んで落とそうとすると、青蛙は素早く地面に跳び下りたので猿は自分の毛をむしってしまいました。
猿は真っ赤になって怒りまた青蛙に掴みかかりますと、青蛙は慌てず今度は猿の頭の上に跳び上がりました、それで猿はまた青蛙を掴もうとして今度は自分の耳を引っ張ってしまい、耳が切れ痛くて「ワ−ワ−」叫び、怒った声で「よし、お前そこを動くな、虎の兄貴を呼んで来てお前の皮をはいで、骨をしゃぶってやる」と言って「ワ−ワ−、青蛙が俺を苛めた…俺の毛をむしって俺の耳をかじった…虎の兄さん、早く助けてくれ…」と泣きながら山へ走って行きました。
虎は風のように山から走って来ると、湖の岸で牙をむき爪を立て「小癪な青蛙め、貴様はわしの弟分の猿をよくも苛めたな、わしが貴様を捕らえて食べてやる」と吼えました。
勇敢な青蛙はそれに構わず“サッ”と虎の首筋に跳び上がり“グワグワ”と笑いました。虎は火のようになって怒り、猛然と空中に飛び跳ねましたが、青蛙は虎の首に張り付いたままで、どうしても振り落とせません。虎は一声大きく吼えてお尻を振りましたが、やっぱり青蛙は落ちません、虎は最後の手段とばかりに転げ回りました、けれども青蛙はいち早く虎の首から跳び下りていました、虎は身を翻して青蛙に跳びかかりましたが青蛙はまた身をかわしました、虎はあちらこちらと跳びかかりましたが捕まりません、とうとう疲れて全身に大汗をかいて地面に這いつくばり、息をはずませもう飛び跳ねられません。
猿は待ちくたびれてやって来ると、遠くから眺め、目をパチクリさせ“アレ−、虎でも青蛙を退治できない、もう虎にも頼れない”と思いました。そして耳をさわって見ると耳からまだ血が出ていたので、思わず尻込みして後ろに下がってしまいました。
さて、虎はしばらくして、体中痛むのを我慢して立ち上がり尻尾を巻いて山へ逃げて行きました、猿も後から急いで逃げて行きました。
それから青蛙はまた平穏に楽しく岸辺の害虫を捕まえ、喜んでお客を迎えるようになりました。鹿も丹頂の鶴も水を飲みに来て、歌を歌いましたし、孔雀は羽を広げて踊り、蟹とたにしは蓮の花びらで青蛙に巣を作ってやり、みんなが青蛙を褒めました、謙虚な青蛙は笑って「いいえ、いいえ、みなさん有難う、有難う」と答えました。
聊斎 * 子続集 1996・4・28