閻魔に三回会う
王犬という水瓶売りがいた。昔、貧乏だと名前までさげすまされて、もう二十歳を過ぎているのに、大人も子供も“大犬のワン”と呼んでいた。
ある日、王犬は暗いうちに起きて水瓶を担ぎ市場へ売りに出かけた。道は暗くて狭く、おまけに急いでいたので何十丈も深い溝に落ちてしまった、溝の底は尖った石で、担いでいた瓶はみんな砕け、王犬も死んだ。
さて、王犬は霊魂となり暗く深い霧の中をさまよい、やがて閻魔大王の前へ出た、閻魔大王は生死簿をひろげて、すぐ手下の鬼に「こやつは未だ寿命が終わっていない、急いで娑婆へ送り返せ」と言いつけた。それを聞くと王犬はすぐ閻魔大王にひざまずき「閻魔大王さま、どうかこのままわたしを霊界へ置いてください」と哀願した。
閻魔大王は驚いて「何だと、娑婆は山紫水明、山は緑、花美しく、まことによい所と聞いておるが、お前は霊界にいたいと言うのか、大犬のワン、やはり帰ったほうがいい」と言った、王犬は慌てて「閻魔大王さま、わたしは娑婆では着るものも無くて震え、食べる物も無くて飢えております、小さな家も指半分の畑すらありません、売り物の水瓶はみんな割れ、娑婆へ帰ったって生きていけません」と言った。
すると閻魔大王は「大犬のワン、お前の欲しい物は何でもやるから帰えるがよい」と言った、それを聞くと王犬は喜んで「閻魔大王さま本当ですか」 「本当だ」 王犬はよくよく考えてから「閻魔大王さま、二頭のロバを繋いだ荷車、門前に二頭の牛を繋ぎ、一男一女の子供、夫婦円満な家が欲しいです」 閻魔大王が承知してくれたので、王犬は半信半疑で何時も身を寄せている破れ寺へ帰り、寝ていた筵の上を見ると十数枚の大判の銀貨が置いてある。王犬はこの銀貨で家と畑を買い、荷車とロバ二頭、牛二頭を飼った。こうして王犬はとんとん拍子によくなって、妻を娶り、三年過ぎると一男一女に恵まれた。
王犬が羽振りがよくなったので人々は“大犬のワン”と呼ばず“王の兄貴”と呼んだ、しかしある年に王犬は猛然と頭を石にぶつけて死んだ。
王犬の霊魂はまたフワフワと閻魔大王の前へやって来た。閻魔大王は“オヤ”という顔をして「大犬のワン、どうしたのだ、わしはお前の願いをかなえてやったではないか」と言った、すると王犬は「閻魔大王さま、実はこの前、願い忘れていたことがありましたので、今日はそれを申し上げに参りました」 「何だ」 「閻魔大王さまわたしはもう汗にまみれて働き、疲れるのは嫌でございます、それに人はわたしを“王の兄貴”と呼びますが、わたしは“王の旦那さま”と呼ばれたいのでございます」 「何が欲しいのだ、何でもやるから言ってみろ」 「本当ですか」 「本当だ」 「わたしは十八人の下女、二十二人の使用人を持ち、下女に十品の料理を運ばせ、小作人と雇人を働かせたいのです」 「お前の願いは聞いた、早く帰れ」
王犬が家へ帰ると、寝床に十枚の金貨が置いてある、王犬はこの金で十八人の下女を買い、二十二人の農夫を雇い王犬は毎日、ひだり団扇で使用人を指図して働かせ、食事には毎回沢山の料理を作らせた、それなのに王犬はまた首を吊って死んだ。
そして王犬の霊魂はまた閻魔大王の前へ行った、閻魔大王は不思議そうに「大犬のワン、わしはお前に二回も願いをかなえてやったのに、どうしてまた戻って来たのだ」と聞いた、王犬は「閻魔大王さま、わたしはまた思い出したことがありまして助けて頂きに参りました」 「お前、まだ何が不足だと言うのだ」 「わたしには身分の高い人間の乗る輿の担ぎ手八人も門前に身分を示す旗立てもないし……」 「大犬のワン、ぐたぐた言うな、お前が欲しいもの何だ、何でもやる」 「本当ですか」 「本当だ」
すると王犬は「閻魔大王さま、わたしは山河のある広い土地、父は朝廷の高官、息子は状元、孫は科挙に合格、それにわたしは華やかな寝室で十六、七人の美女を娶りたいのです」 閻魔大王は目を丸くして驚き、しばらく考えると、首を振り、「父より子供が先に生まれているなんて聞いたことがない、大犬のワン、この閻魔大王のわしにも、さすがにお前の願いを満足させることはもうできぬ、駄目、駄目、駄目だ、もうお前は霊界にいるしかない」と言った。
聊斎 * 子続集 1996・4・25
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