本当と嘘

 昔から“町の貧乏人を訪ねる者はいないが、金持ちなら山奥でも訪ねて行く”と言うがこれは世の人情をよく現した言葉だ。金がすべての道理であれば、金は力だ、金持ちの話は嘘でも人は喜んで聞くが、貧乏人の話は本当でも人にうるさがられるだけだ。

 この話は本当にあった事だ。
 ある日、一人の金持ちが町でこんな話をした、「わしと東村の武挙は義兄弟だ、ある日わしがが武挙を訪ねると武挙はちょうど庭で棒術の稽古をしていて、桑の木を打っていた、するとそばの柳の木の皮もはげた、桑も柳もみんな木だ、そう考えりゃ、桑を打って柳の皮だってはがれる訳だ」これは明らかに出鱈目な話だ、それなのに周りを囲んでいた人はみんな金持ちに調子を合わせて、ベラベラ喋っている。
 だが黙って聞いていた王順という人は「桑は桑、柳は柳だ、桑を打ってどうして柳の皮がはがれるのだ、嘘だ」と文句をつけた。すると金持ちは馬鹿にした口調で「貧乏人がわしの話にガタガタ言ってる」と言った。

 冷たい飯でも食べられるが、嫌味な言葉は喉を通らない。王順は家へ帰っても、考えれば考えるほど癪にさわり、女房にも話した、女房も怒って「貧乏なあたしたちにだって意地はある、このまま黙っているわけにはいかない」と言った。
 王順も“何時かきっと言い返してやる”と心に決め夫婦は心を合わせて暮らし始めた。王順は煉瓦工、石工、大工、瓦職人となって働き、女房は糸を紡ぎ、布を織り、桑を植えて養蚕に励み、二人とも一日中仕事から手を離すことはなかった。

 諺にも“細い流れも集まれば河、一粒の米も積めば蔵”と言う、夫婦の暮らしは月日のたつほどによくなり、あの金持ちを越えた資産家になった。息子三人、娘二人が結婚して五家族の親戚が増え、釣るべ井戸に対の桶、窓八面の向き合う四合院の屋敷、北側に月見台、息子は学問に励み科挙の秀才になる。

 ある年の暮れ、王順は爆竹を鳴らし餃子を食べ、夜が明けると息子夫婦、孫たちの挨拶を受けると、新しい衣裳をつけ表門に立って元旦の挨拶を人々とした。ある人は「王さんおめでとうございます」と言い、またある人は「旦那様、今年も平穏にお過ごしください」と言う、王順も「やあ、やあ」「結構、結構」などと答えた。

 あの嫌味な金持ちもちょうどここを通り王順に挨拶した、王順は「新年の夜明けに、私は井戸に餃子を供え、香を焚こうとしたら井戸がなくなっていた」と言った、すると金持ちはすぐ調子を合わせて「そりゃきっと誰かが盗んだんでしょう、わたしは今朝早く道に水がずっと流れているのを見ましたよ」と言った、王順は「ハハハ」と笑い「人が井戸を盗んで持って行ったって珍しくもない。それより、私が三路香を石臼の上で焚こうとしたら、石臼をロバに半分かじられていたよ」と言った。

 すると、また金持ちはすぐ「何処にもそんな乱暴なロバがいるものです、繋いでいるところを何処でもかじるんです、一昨日もわたしが粉挽小屋の後ろを歩いていたら、中から“ガバガバ”かじる音が聞こえていましたよ」と言った。
 王順はそれを聞くとまた「ハハハ」と笑い「あんたこの新年に何を食べたのかね」と聞いた、金持ちが「餃子ですよ」と答えると、王順は「私は餃子の皮ばかり食べたよ、私は手仕事のない時は何時も商売をしているから、竈の神さまに秤を供えるがどうしたことか供えた秤がなくなっているんだ、ところが餃子の皮を食べていたら秤の味がする、餃子を茹でているうちに秤が餃子の皮に溶け込んだんだ」と言った。
 金持ちはすぐうなずいて「そうです、そうです、家族が多くなるとそうなるんです、あなたそれは孫たちがしたんですよ、大方あなたの息子さんが鍋の中へ入れさせたんでしょう」と言った。

 王順は冷ややかに笑いながら「貧乏人の私がガタガタ嘘を言ってるのに、あんたは本当にしているね」と言うと嫌味な金持ちは本性を言い当てられて何も言えず、人々に嘲けられながら、こそこそと逃げ出した。

           聊斎 * 子続集                                    1996・4・15

<類話> 目録8…364

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