木工が雨を降らす

 “高きに立てば遠くが見える”と言うが、そうしない者もいる、もしも自分のことだけを考えて我身を半分の高さに置けば、自分の家の味噌瓶しか見えない。これはふざけた話ではない、実際にこんな人がいるし、こんなこともあるのだ。

 昔、とても腕のいい木工職人が夫婦で暮らしていた。家には幾らかの畑があり、作物を作っていたから年の暮れには木工の手間賃の外にも収入があり一年中食べる自家用の味噌も十分できた。だがある年の春は日照りで雨が降らず、植えつけた作物も枯れてしまい、村の家々は何処も火の車で誰も家を建てようとする者はいない、そんなわけでこの木工の作る家具も売れなかった。女房は「お前さん、家で仕事が来るのを待っていないで出て行って仕事を見つけたらどうだい」と尻を叩いた。

 木工は女房の言うなりに鋸と斧を持ち、腰帯に金をつけて早速出かけた。だが何処の村へ行っても仕事はない。ある日、歩きに歩き、とうとう海辺へやって来た。ちょうど昼になったところで空は晴れ雲もなく、海は青く輝いている。木工があたりを眺めていると、海の中から人が現れ、水面に立つと手を振りながらこっちにやって来る、驚いて見ていると、たちまち木工の前に来た、みれば若い立派な青年で「俺は龍王の三番目の息子の三太子だが、あんたに龍宮へ行って家具を作って貰いたいのだ、手間賃は幾らでもいい」と言った。

 木工は首を振って「私は普通の人間ですがどうしたら海の中へ行けますか」と聞くと、三太子は「俺と一緒に来れば自然に龍宮へ行ける」と言うので、木工は承知した。三太子は指一本で海面に道を開け、木工を連れて歩き出した。
 龍宮へ着くと召使が色々な材料を持って来た。それで木工は家具を一つ一つ作り始め、何時の間にか一か月がたち、龍宮の人たちとも親しくなった。
 ある日、木工が忙しく働いていると三太子がやって来て玉帝から登州に雨を降らせと宣旨が出たと木工に知らせてくれた。
 木工は故郷の井戸や泉も涸れているから雨が降るのはいいことだと喜んだ、それに木工は龍宮にもあきて、天に上り雨の降る様子も見たいと思い、三太子に「あなた方の雨降らしに私もついて行けませんか」と聞いた、すると三太子は「いいよ、龍袍を着て行けばいい」と言い、しばらくして金の鱗の龍袍を持って戻って来ると、木工に「これを着て龍に変身すれば天へ上り雨を降らすことができる、雲が出て雷が鳴ったら、鼻をむく、鼻をむけばむくほど雨は多く降る、だが天へ上ったら万が一にも喋ってはいけない」と言った。

 木工は龍袍を着ると全身が熱くなったが、龍宮は涼しいから平気だった。雨降らしは一人で勝手にできることではなく、それぞれ降らす場所が決められている、具合よく木工は自分の家がある村の一帯が当たった、かけ声とともに木工は空中へ舞い上がった、風が吹き雲がめぐり、木工は自分が龍になっているのが分かった、綺麗な鱗、金の角、銅の鈴のような目は四方を照らし歯をむき、爪をたて、わずかな時間で故郷の村の上へ来た。龍になった木工の目は何でもよく見え、自分の家の味噌瓶に蓋がしてないのもはっきり見えた、アレ、味噌瓶に蓋がしてない、味噌を一瓶作るのは大変なのに、雨が降れば台無しだ、木工は思わず「早く味噌瓶に蓋をしろ」と叫んでしまった。
 この一言で、木工は体が重くなり、どんなにあがいても下へ落ちて行き、たちまち“バタン”と地上に落ち、目の前が真っ暗になって気を失った。気がつくと風は止み雲は散り、空は晴れて太陽が出ている。見れば落ちた所は自分の家の門の前であった。天から龍が落ちて来たというので、見物人がどんどん増えたきたが、頭から落ちた木工は起き上がれず、うつ伏せになって倒れたままだ、全身が痛くて尾さえ動かせない。龍の衣裳は太陽に照らされて熱くなり、せいろの中で蒸されているようだ、木工はまるでグツグツ煮られるようにして三日三晩過ぎた。

 ところで龍宮で龍袍の数を調べると、どうしても一着足りない、三太子に問い合わせると、木工ががまだ戻っていないことが分かった、龍袍が足りないわけだ。三太子は雲を起こし空に上り、木工の落ちた所を見つけると、雲を下げて木工を抓み上げて、龍宮へ帰った、龍王は玉帝に責任を問われるのを恐れ、すぐ龍袍を脱がせ三太子に木工を東海から送り返させた。

 木工は家へ向かい、一日歩きまた一日歩くと、ほかの地方は雨が降ったのに自分の村の周り十数里では雨は降っていなかった。
 家へ着くと女房は「あんた手紙も寄越さず何処へ行っていたのさ、うちの前に空から龍が落ちて、数十里も離れた周りの人がみんな見に来て村は大騒ぎだったのよ。おまけに周りの村には雨が降ったのに、この村はまだ日照りなのよ、村の人はみんな『わしらの村に心のよくない奴がいて雨が降らなかったんだ』と言っているわ」と言った。

 木工は「その龍はこの俺だったんだ」と言ったが女房は信じてくれない。そこで亭主は「お前が味噌瓶の蓋をしてないから、俺が味噌瓶に蓋をしろと叫んで落ちたのだ」と言うと、女房は「あたしはあの日実家へ行き、行くときは天気がよかったので味噌を日に晒そうと、蓋をしなかったのよ、天気が変わるとは思わなかったもの、雷が鳴ったり光ったりして、帰っても間に合わなかったわよ」と言った。
 いろいろ話して、やっと女房はどういう事か分かると、亭主を「フン、みんな雨を待っていたのに、お前さんは自分の味噌瓶一つが駄目になるのを惜しんだのね」となじった。亭主は「ア−」と溜め息をついて何も言えなかった。

 それから、人々は自分の為だけを考えることがよくない事を知ったのである。   

          聊斎 * 子続集                                     1996・4・11

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