千里馬
昔、葬式に供える紙の人形や馬を作る職人の穆重と大豆や高粱を作る農民の石童は友となり、友情が深まって二人は神に誓い義兄弟となった、穆重は二十歳で兄、石童は十九歳で弟になった。
石童は力はあったが貧乏で畑を耕す馬を買えず、穆重に「兄さんが作る紙の馬が本当の馬になって畑を耕してくれればいいなあ」とそっとつぶやくと、穆重は貧乏で体が弱く、石童のお蔭でやっと暮らしているので、恥ずかしく思い、小さな声で「わたしは体も弱く、これから幾日も生きられないかもしれない、あの世でお金ができたらきっと馬を送ってやるよ」と悲しげに答えた。 それから半年も経たないうちに穆重は本当に病気になって死んでしまった。
石童はあちこちから金を借りて棺桶を買い、家の近くの荒地に穆重を葬った。そして畑仕事のひと休みには穆重の墓の前に座り、命日には忘れず線香、蝋燭、紙銭を供え、何時も「兄さん、この世では貧乏で辛かったでしょう、あの世へ行っても同じですか、それとも今は楽になっていますか。わたしは兄さんが送ってくれると言った馬を待っています」と話しかけていた。
三年目の清明節になると酒の壷を提げ、穆重の墓の前で沢山の紙銭を燃やし、あぐらをかいて座り、ゆっくり酒を飲みながら「兄さんがあの世へ行ってから三年、兄さんを偲んで三百六十五日を三回繰り返したのに、兄さんは夢にも出てくれませんねえ、どうしたんですか」などと酒を一口飲んでは話し、また一口飲んでは話しとうとう壷の酒を飲み干してし泥のように酔い、墓の供え物の上に寝こんでしまった。
夜中に石童は寒くて目を覚まし起き上がって歩き出すと、突然、目の前が明るくなって穆重の墓が家に変わった、そして「やあ」と声がすると門が開き身なりを整えた穆重が出て来て「石童、待ってくれ」と呼び止められた、石童は喜び「ああ驚いた、兄さんどうしたんです」と言うと、穆重は「この世もあの世も同じように貧乏人は暮らしにくいが、お前が毎年清明節にお金を送ってくれたのでわたしも早く成仏できた。お前が何時も馬が欲しいと言っていたから持って来たよ、見てご覧」と言いながら西の山を指した。
するとそこには一頭の立派な馬が「ヒ、ヒーン」と嘶いて立っていた。「兄さん、どうしてあの馬を?」「盗んだものではないから心配するな、連れて帰り畑を耕す助けにするといい」「いいえ、兄さんにここで会えたのだからそれより兄さんのお供をさせて下さい」「馬鹿なことを言うんじゃない、ここはあの世だ、命の終わっていないお前が来る所じゃない」と穆重は首を振った。 こうして二人が話していると、遠くから鶏の声が聞こえ石童の目の前が暗くなると、穆重の姿は消え家はもとの墓になり、馬は息を吐き吐き鼻づらを振っていた。石童は思わず胸が熱くなり涙が流れ、墓の前に跪き「兄さん、あの世に行ってもわたしに気にかけてくれて……、兄さんの心を決して無にせずこの馬はきっと大切に育てます」と、馬を牽いて家へ帰った。
だがまだ石童はこの馬が世にも稀な宝の馬であるとは気がついていなかった。この馬は草も飼葉も食べず水も飲まないで畑を耕し、石臼を曳いた。石童もまた馬と一緒に骨身をいとわず働くのでみるみる家は豊かになり、二年後には新しい家も建ち、何もかも不自由しなくなった。だが石童の周りには嫁になる相手がなくまだ妻を娶れずにいた。
ある晩、石童は穆重と話している夢を見た。「石童、そろそろ結婚したら」「いい人が見つからないのです」「石童に似合ういい娘がいるよ…」「どんな娘さんですか」「頭のいい娘だよ」「美人ですか」「そりゃあ可愛いよ」「何処の娘さんですか」「明日の朝早くあの馬に乗って西へ七万七千四百九十里行くと、王家鎮という大きな村に行き当たる、そこで王家の娘の王淑玉の婿を決める競馬が正午に始まるから、そこに行くんだ」「そんなに遠くて間に合いますか」「心配ない、この馬は一鞭千里、夜でも八百里走る千里馬だ」 翌日早く石童は千里馬に鞍をのせ鐙をつけて乗ると、千里馬は矢のように走り、忽ち王淑玉の婿を決める競馬場に着いた、月世界の姫君のような王淑玉が飾られた高台に静かに座っていた。
高台の前には幾百人の若者が色とりどりの馬に跨って並び、合図の銅鑼を今やおそしと待ち構えていた。最後に着いた石童が列の後ろに並んだその時、大きな銅鑼の音が「ドーン」と鳴り、石童の乗った宝の馬が“スウー”と前に躍り出ると、忽ち幾百人の若者の乗った馬を後ろに振り切り、石童は第一位になって王淑玉と結婚した。 それから間もなく、国王もまた皇女の婿を誰でも競馬に勝った者に決めると布告した。これが国中にふれわたって大騒ぎになり、貧乏人はこの運命を変える幸運を射止めようと思い、金持ちは富の上に更に花を添えようと考えた。
金持ちの息子耀武揚は千里馬のことを知り、最初は穏やかに「石童、お前の馬を売ってくれないか」と言ってきた。だが石童はきっぱりと「お金を山のように積まれても売りません」と断った。王淑玉も千里馬のことを知っているので「この馬は私たちの兄さんの思い出の馬です、たとえ銀を海のように持って来ても譲れません」と言った。耀武揚はこれを聞くと盆をひっくり返す雷のような大声で「石童の女房が俺に恥じをかかせやがった、誰か槍を持って来い」と怒鳴った。 石童夫婦は千里馬を放すまいとしたが、狼のような悪者の前では何もできず、二人はただ千里馬が連れ去られるのを見て嘆き悲しむばかりであった。
可哀相な石童夫婦は日が暮れ夜になってもまだ泣いていたが、真夜中、人が寝静まると生暖かいあの世の風が吹いてきて穆重が夫婦の前に現れ、静かに「石童、淑玉、もう泣くな、紙で作った馬だ、取られたっていい」と諭すように言った、石童夫婦は「エッ、千里馬が紙の馬?」と驚くと穆重は頷いて「そうだよ、実はあの千里馬はわたしがあの世で三年がかりで作ったんだ、だからあの馬はわたしの魂がこもった宝の馬なのだ、それをお前たちが大切に育ててくれたので、わたしは嬉しかった、本当に有難う。あの悪者たちはわたしが征伐してやる」と言って穆重の姿は消えた。
さて、耀武揚は千里馬を石童から奪って来ると、千里馬が競馬に必ず勝つように十分に干草を食べさせた。耀武揚は千里馬が何も食べないのを知らず、食べるだけ食べさせた。ところが千里馬の腹はまるで底無しの洞窟のようで、僅か一ヶ月のうちに五十反の畑の草、六百石の大豆、七百石の高粱をすべて食べ尽くしてしまった。耀武揚は“馬はこんなに沢山食べるものだろうか”と不思議だった。実は穆重がこの干草と大豆と高粱をみんな石童の家の倉に運んでいたとは夢にも思っていなかったのだ。
いよいよ競馬の日がきた。耀武揚は着飾った千里馬に跨り王宮の競馬場に行った。競技は騎手が馬を操り、一つの深い溝、二つの柵を越え、三つの火の輪をくぐらねばならない、耀武揚はそんなもの自分の乗った千里馬は軽々と越えてしまうと、大勢の騎手の前で得意になって飛び始めた。だが、火の輪をくぐる時、紙で作られた千里馬に火がついて燃え上がり、耀武揚は逃げようとしたが、ヒュウーと風が吹いて火の輪にまかれて焼け死んでっしまった。
中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中 01・1・25校正