絵の中の天女
昔、若者がいた、年は二十四、五歳、父と母は十何歳かの時に亡くなり、家には誰もいない、残されたのは二間の茅葺きの家と泥の庭、そこに菜っぱなどを塩漬けにした瓶が置いてある。若者は毎日、柴を刈り畑を耕して暮らしている。
家は村の北の隅で、二、三十米離れた他人の家は庭も広く、青菜などを植え、柴や穀物の束が積んであったりする。人さまは十五、六から十八、九で結婚するがこの若者は貧乏で誰も嫁を世話する者がない。体は丈夫で仕事も出来るのに、誰も嫁を世話してくれる人も、赤い糸で結ばれた許嫁もいないのである。だから毎日悶々と暮らしていた、まして年末は人々が爆竹を鳴らしていてもこの若者は早々に寝てしまう。
ある年、「ア−、俺には妻がない、赤い糸で繋がれた許嫁もいない、せめて美しい天女の絵でも買って家に掛けよう」と気を取り直して一枚の天女の画を買った。絵の中の天女は目はパッチリ、睫は長く、鼻筋が通り、口はサクランボウのようであった。若者はこの絵を壁に貼り、毎晩しみじみと眺め、こんな妻がいたらいいなあとぼんやり考えるのであった。
ある日、若者は昼の仕事を終え、手拭を肩に掛けツルハシを担ぎ、疲れて家に帰ると、いい匂いがするので竈の上の鍋を見ると、大餅(タ-ピン)と肉が煮えている、若者はお腹が空いていたので、誰が作ったのかも考えず、肉を丼に入れ大餅を運び、綺麗に平らげてしまった。腹一杯食べると一休みして、いい気分になってまた仕事に出かけた。
夜になって帰ると、また料理が出来ている。これは不思議だ、誰がこんな親切なことをしてくれるのかと、東隣、西隣の家を訪ね、あちこちの家へ行って見たが他人はみんな自分たちのことで忙しそうだ。翌日、若者は起きると飯を作り、食べ終わってから出かけたが、昼帰ると昨日と同じように鍋に食べ物があり、夜も同じだった。
それが三日も続き“お金も出さず、支度もしないのに帰るとすぐ食べられるから、仕事もどんどんはかどる、いったい誰がやってくれるんだろう”と、ある日、若者は村の端まで行ってそこからまたそっと帰って来て、裏庭の菜っぱの畑の畦に沿って、忍び足で窓の下に行き、あたりを見たが誰もいない、引き返そうとすると、家の中で“カタッ”と音がした、若者は窓の紙の隅を舌で舐めて穴を開け、大工が水平を見るようにして家の中を見ると“ゆらゆら”と絵の中から誰かが出て来た、アッ、絵の中のあの天女だ。絵から出た天女は袖をまくり裾をからげると、柴を抱え火を起こし食事の用意を始めた。
若者は嬉しくなってしまった、“アッ、毎日、妻だったらと思っていた天女が、まさか本当に絵から出て来るとは”と、若者は天女が庭へ柴を取りに行くと、窓を開け “ストン”と部屋に飛び込み、絵をはずして丸めると袋に入れてしまった、天女は家の中に人の気配がしたので戻ると“アッ、ここの人が帰っている”壁を見ると絵がなくなっていた、天女は顔を赤くして「わたしたちは髪が白くなるまで夫婦でいましょう」と言った、若者は嬉しくなって「アッ、そうだったのか、あなたはもう決めていたんだ、そうなら、私も用意しなけりゃ、あっちの村、こっちの村、親戚や友だちに、私にもこんな綺麗な妻がいると知らさなければ」と言って、すぐ東西南北の村々にふれた。
人々はみんな驚いて「あいつはあばら家に一人で住み、出かける様子も見ないし、嫁の世話する者も、赤い糸で結ばれた許嫁もいなかった筈なのにどうして女房が来たんだ」と騒いだ。結婚の日取りは二月二日龍抬頭の日に決まった。(2月2日龍抬龍…龍が頭を上げる日、この日以後雨も多くなり生活しやすくなると言われる。現代中国語辞典-光生館)
二月一日、若者と天女はまず白い紙を持って来て、輿を担ぐ人、笛を吹いたり、太
鼓を叩いたりする人、手伝いの人、それに老父や老母、親戚などに似せた人形を沢山剪って忙しかった。真夜中に笛や太鼓が鳴り響き、二つの提燈が風に揺れ、それはそれは賑やかになった。何を賑やかしているのかと面白がりやの人々が起きだし、大人も子供も出て来た。
やがて夜が明けると、あっちの村、こっちの村、東西南北どこの村の人々もやって来た。大きな仮の囲いもできた、このあたりでこんな風にとり仕切る結婚式はなかった。豚、牛、羊の肉、何でも揃っている、手伝いの人は身なりも綺麗で、テキパキしている。人々は“アレ、俺たちに手伝いも頼みに来なかったのに、この若者はどうしてこんなことができたのだろう”と不思議がった。辰の刻ちょうどに結婚式は挙げられた。
この出来事は百八十里四方のみんなを驚かし、知らない人はなく、しまいには笑い話にさえなって伝わった。こうして若者と天女の夫婦は一年過ぎた。人々は“若者はあんな貧乏だったのにどうしてあんな大きな事ができたのだろう、それにあの天女のような女がどうして若者の妻になったのだろう”と思っていた。
若者の家から十五里ほど離れた所に、丁という悪党がいた、町や方々で脅しやゆすりをするので名高く、人々はみんな怖がっていた。
丁は家にごろつきや悪知恵の相談役のような奴を手下として住ませていた。丁は若者と天女の話を聞いて「俺が行ってどんな女か見て来よう」と馬を用意し軟らかい楽な鞍をつけて“パカパカ”と夫婦の家へやって来た。若者は仕事に行っていない。
丁は丁寧に頭を下げると「オ−、これはお内儀さん、俺はあんたの亭主とは大の仲良しで、別に用ではないが、お前さんたちの結婚式に出なかったから、あんたに会いに来たんだ、これは結婚の贈り物だ受け取ってくれ」と言った、天女は目つきの悪い丁を見て、これは悪人、油断できないと思い「あいにくうちの人はいません、あたしはあんたを知らないから、うちの人がいる時にまた来てください」と言い、「じゃあこれで」と言うと、丁は「今、帰るよ、だがこれは受け取ってくれ、役人だって贈り物を持って来た者を悪いようにはしないぜ」と言った、「置いて行くなら置いていけば」と天女はそれ以上は言わず、品物を置いて行かせた、丁はまた馬に乗って帰った。
やがて夫の若者が帰って来て、天女の妻は「頭が小さくて、目つきの悪い嫌な奴が藍色の服を着て馬に乗って来たわ、結婚式に来なかったから十数里離れた所から、贈り物を届けに来たと、言っていたわ」 「私はそんな人知らない」 「だって、贈り物を置いていったわ」 「開けてみよう」ガサガサと贈り物を開けてみると金銀の首飾りやいろいろな衣裳があり、ひろげると中に赤い書状があって、「これは結納の品だ、三日のうちにお前の妻を我が丁の屋敷に寄越せ、もし寄越さなければ、お前を殺す、お前も俺の力を知っているだろう、寄越さないなら俺はお前の妻を奪う」と書いてあった。
若者はこれを見て「どうしょう」と手を震わせた。夫婦の愛を切り捨てることはできないが、若者は本当にこの悪党が怖かったのだ。天女の妻はちょっと考えてから「心配ないわ、あなたは構わず、あたしを丁の所へやりなさい、でもあたしを娶る前にかかった金は払ってくれと忘れず要求しなさい」と言った、若者は心配で「あなたはあいつが金持ちだから、私を捨てるのでは」と言った、「心配しないで、あたしたち二人は一緒よ、あたしはあなたの妻、あなたはあたしの夫、これはあたしたちの切れない縁、あたしの心は決して変わらないわ」と答えた。若者は「私の妻は何時も私に尽くしてくれた、心を外に移すわけがない、それに妻は普通の人ではない、絵の中から出て来た天女なのだ」と思い直した。「分かった、私は何時行ったらいい」 「あなたが今と言うなら今でもいいわ」 「よし」若者はすぐ丁の屋敷へ向かった。
丁の屋敷の門を叩くと、召使が「何の用だ」と出て来た、「あんたたちの主人に会いに来た、結納の品を見たから返事に来たんだ」召使は「よし」と言ってすぐ“タッ、タッ”と走って丁の旦那に知らせた、「来たか、よし、中へ入れろ」若者は書面も何も持たずに入り、言われた所に座った。「お前、何も持たずに何しに来たんだ」 「旦那の結納品、手紙みんな見ましたよ、我が家が素寒貧なのは妻も分かっているから、旦那のくれた結納品を見て家は大きい、金はある、勢力はある旦那の所へ行くと妻は承知したんです、しかし、私も妻との結婚に金を使ったのでその金を弁償してください、それに新しい妻を娶るための金もね」すると丁は“ハハハ”と高笑いして「ウ−ン、俺はお前がそんなに話の分かる奴とは思わなかった、よし幾ら欲しいのだ」 「私が使ったの少なくみても銀五六十両はあります」 「それっぽっちか、よかろう、お前何も心配するな、銀百両やろう」 「それは有難い」 「だが、結婚前の金はやるが、あとはやらないぞ」 「いいでしょう」
若者と天女の結婚式は二月二日で、それから二十九日たった三月三日、西王母の桃の祭りの日に丁は天女を妻に迎えに来た、笛や太鼓の賑やかさは若者と天女の結婚式の時よりも盛大であった。大きな二つ屋根の花の輿は“ゆらりゆらり”と進み、笛太鼓、爆竹が鳴った、天女は花が風に揺れるように美しく、歩く姿は蓮の花が風になびくようだった。身なりも美しく、頭に花を飾り、赤い服を着て、赤い靴を履いた、靴は牡丹の花と小さな胡蝶の刺繍があり、可愛い鈴がついて歩くたびに“ティンティン、タンタン”と響いた。丁の旦那は大喜びで「これは美しい妻だ、素晴らしい」と言った。天女は二人の女中に手を引かれ、輿に乗り垂れ幕を下ろし笛太鼓とともに悠然と身を翻して去った。若者は空になった絵を開き「ア−、行ってしまった、もう帰って来ない」と空の絵を壁にかけ、じっと見て泣いた、その晩は涙にくれて眠らなかったのは言うまでもない。
さて、天女は輿に“ギシギシ”と揺られ、やがて丁の屋敷に着くと“パンパンパン”と爆竹が一斉に鳴りドラや太鼓が響いた。丁がさらって来たという美女はどんなに綺麗なんだろうと人々は山のように押し寄せた。丁の旦那は新しい妻を迎えようと出て行くと、二人の女中は傍らに控え、丁は輿の垂れ幕を上げて「アッ」とびっくり、中にいたのは赤毛の髪で青い顔、顔じゅう毛だらけ、口から大きな牙をむきだし、爪をふるって向かって来た、丁が慌てて身を引くと、手下の連中も頭をかかえて逃げ出した。「やっちまえ−」と丁が怒鳴ったが、その姿は一瞬のうちに見えなくなった。あいつの仕業だ、許しては置かぬ。
丁は翌日、すぐ若者の家へ行ったが、若者はまだ起きていない、叩き起こして「やい女を何処へやった」と怒鳴り込んだ。「あんたの所へ行ったじゃないか、どうしたんだ」 「この野郎、女は消えたんだ、今、女を渡さなければ、お前を殺すぞ」 「本当にいない、あんたらが連れて行ったじゃないか」 「やってしまえ」若者は“バンバン”殴られ皮が破れ血を流し、息が絶えた。手下の者どもは丁旦那に「奴は死にました」と告げた。丁は 「よし、山へ引き摺って行き鷹に食わせてしまえ」と言って帰ってしまった。
若者は殴られて死んだのだろうか、そうではない。丁の結婚式は三月三日だったではないか、この日は西王母の桃祭りの日で、天女は西王母の長寿を祝いに行き、そこで若者とのことを話したので、すべて西王母が起こした“計りごと”で鬼を遣わしたのだった。若者が殴られて死ななかったのも天女の法術だったのだ。山から丁の手下どもがいなくなると若者は気がつき、悪者どもがいないの見ると、家へ帰り空になった絵をまた眺めて泣いた。「あんたはいったい何処へ行ってしまったのだ、どうして家へ帰って来ないのだ」と泣き悲しんだ、そして泣きながら寝てしまった。
すると天女が“ゆらゆら”と降りて来て、若者を起こした「アッ、夢ではないか」 「夢じゃないわ、あたしがあなたを生き返らせたの、でもここに長くいないほうがいいわ」 「どうして」 「あいつらはあきらめずに、またきっと来るわ、まだお金はあるじゃないの、遠くへ行きましょう」 「そうしよう」天女は若者と連れ立って、そこを離れた。
それから一年あまり幸せに暮らした。天女は男の子を生み、若者は毎日子供を抱いて喜び楽しい生活であった。また一年たって、天女は「わたしは帰らなければなりません、これから毎年三月三日は逢いに来ます」と言った、若者はあきらめきれず、わたしたちは夫唱婦随、相思相愛だったのに、どうして別れるのだ」と天女にすがって泣いた。
すると、丁が手下の者を連れてここを通りかかり「アッ、あれはわしが妻に迎えた女だ、あの男は俺たちにやられて死んだ筈なのにどうしてここにいるのだ、今度こそ逃がすな」と若者を倒し、天女を奪って去った。子供も放り出されて泣き、若者も泣き叫ぶうちに、悪党どもは山を越えてすっかり見えなくなった。
若者が振り返り、這って来た子供を抱いて頬ずりし涙を拭いてやり、悲しみにくれながら家へ入ると“ヒラヒラ”空から庭へ一枚の紙が落ちて来た、拾ってみると丁寧な字で『さっきあたしがまた丁に連れ去られたのは、あなたが悲しみのあまり、尋常ではあたしから離れられないと思い、あたしが仕掛けた法術です、無情なあたしだと思わないでください。あたしとあなたとは三年の縁しか許されていなかったのです、でも毎年三月三日以後に必ずあなたに逢いに来ますから子供と一緒に待っていてください』と書いてあった。「ああそうだったのか、半日大騒ぎしたあれはあなたの法術だったのか、あなたはやはり天女だったんだね」
こうして若者は子供と暮らすようになり、それから毎年三月三日、四日、五日のどれかに天女は必ず来て夫婦は楽しく一日を過ごしたということである。絵の中の天女の物語はこう伝えられている。
撫順市巻上 1996・3・18はじめに戻る