忠 犬
昔、ある村に老夫婦と二人の息子、その妻たち六人家族の大地主がいた。暮らし向きもよく財産も少なくなかった。長男夫婦はずるくて貪欲で意地悪だが次男は学問に通じ、夫婦とも正直で優しい人柄であった。
老夫婦の地主が死んだあと、当主が長男になると次男は家業からはずされ、家の中のことは兄嫁と弟嫁が替わる替わるにした。兄嫁はもともと意地悪でけちだから、食事の支度をしてもまずくて犬も食べたがらない、弟嫁の番になると、料理もうまく小作人も喜んで食べ、犬も弟嫁を見ればすぐ尾を振った。
やがて兄は金を惜しみ、弟に学問をさせなくなった。弟は悶々として毎日、死んだ父母を懐かしみ、やがては神経を病むようになり、食も取らず茶も飲まず、若死にしてしまった。だがこの時、弟の妻は身籠っていて、跡継ぎの男の子を望んでいた。
財産に目が眩んでいる兄夫婦は弟の妻の気持ちがわかり、その子が女ならばやがて嫁にやり、金がかからないが、男の子なら大きくなって財産を分けなければならないと考えた。そこで兄の嫁は悪いことを思いつき、夫婦で小声で話し合い、兄嫁は村の産婆のところへ出かけ白銀二十両を出し、弟の嫁が赤ん坊を生む時、よく見ていて、女の子なら生ませ、もし男の子であったら、すぐ赤ん坊の口に綿をつめ、泣き声を出す前に殺せ、うまくいったらあと二百両の白銀を出すと言った。産婆は金欲しさにこんな罪なことを二つ返事で請け合った。
実はこの時、地主の家で飼っていた大きな赤犬もお腹が大きくなっていた。この犬は利口で、人の心がわかり、長男夫婦が産婆との悪い話をしている時、部屋に入りこの企みを聞いてしまった。
やがて弟嫁に子どもが生まれそうになると、兄嫁はわざと心配そうにして、雇人に産婆を呼びにやった。駆けつけた産婆は大急ぎで弟嫁の部屋に入った、すると、子犬を生んだばかりの赤犬もそっと入った。生まれたのは男の子、産婆は慌てて綿を丸め赤ん坊の口につめると「子どもは死んだ」と叫んだ、これを聞き弟嫁は大声で泣き出した、兄嫁はもっともらしく慰めの言葉をかけると、雇人に稲藁を持って来させ、赤ん坊を包み、山の麓の壕へ持って行かせた。弟の嫁は自分の子の顔さえ見せられずただ泣くばかりであった。
赤犬は自分の子犬をかまわず、赤ん坊を持った雇人のあとをついて行き、雇人が稲藁に包んだ赤ん坊を壕に投げ込むと急いで壕に入り、藁の包みの縄を噛み切り、そっと稲藁の包みをひろげ赤ん坊の口から綿の固まりをくわえ出した、赤ん坊はだんだん息を吹き返し、「オギャ−」と泣き声を上げた、赤犬は自分の乳をしっかり赤ん坊に飲ませると、赤ん坊はいっぱい乳を飲んでスヤスヤと眠った、すると赤犬はまた稲藁を赤ん坊にかぶせ、それから帰って自分の子犬の面倒をみた。
弟嫁の産後は家の仕事を全部けちな兄嫁がしたので雇人たちは腹を空かし、赤犬が飲む鍋を洗った残り水さえなかった。赤犬は自分の子犬と村はずれの赤ん坊をみ、飢えて疲れ、痩せ衰えて骨と皮ばかりで、フラフラしていた。だが赤犬は利口で弟嫁に食事を持って来た雇人がいなくなると部屋に入って座った、弟の嫁は赤犬が可哀相になって残った物を赤犬にやった。赤犬はとても喜び、毎日村はずれの赤ん坊の世話をした。
弟の妻は産褥の月がおわると実家の兄が迎えに来て実家でしばらく静養することになり、小さな包みを持って泣く泣く馬車に乗った。赤犬は馬車のあとを追い、村はずれに来ると、突然、馬車に飛び乗り、弟の妻の袖を噛んで馬車から下ろそうとする、そして山の麓の壕へ走り、また戻って馬車の上の弟の妻を引っ張り、どうしてもやめない。弟の妻は不思議に思って実兄に「兄さん先に行って、あたしは何だか見て来る」と言った。
弟の妻が赤犬について壕へ行くと、赤犬は先に壕に入り稲藁をとった、すると稲藁の中に裸の赤ん坊がいた、弟の妻はすぐ赤ん坊を抱き上げ、赤犬に「この子はあたしの子なの」と聞くと赤犬はうなずいて尾を振った、また「どういうわけ」と聞くと赤犬は大きな石の下から綿の固まりをくわえ出した。弟の妻はそれで、赤犬がどうしたのか、赤ん坊をどうやって育て、守ってくれたのか、すっかりわかり、地にひざまずいて犬に叩頭の礼をし、赤ん坊の命を救ってくれたことを感謝し、きっとこの恩は返すと言った。翌日、弟の妻は赤ん坊を抱え役所へ訴えた。
兄夫婦は弟の妻が自分から実家へ帰ったのを喜び、この家はみんな私たちのものだと喜んでいると、突然、役人が来て、産婆と共に囚人の車に乗せられ、裁判所へ連れて行かれてしまった。兄夫婦は裁判所にこれは弟の妻の実家が私たちから財産の分け前を取ろうとしているのだと言い張った、弟の妻は赤犬がどうやって赤ん坊を救ったのかと、赤ん坊の生まれる前後のことをみんな裁判所に話した。
清廉潔白な県知事は兄夫婦を処罰し、産婆は断罪された。そして財産は弟の妻のものと判決された。弟の妻は赤ん坊を抱き、馬車に乗り、赤犬も乗せて、みんな喜んで家へ帰った。それから赤犬は死ぬまで弟の妻とその息子と暮らしたということである。
沈陽市巻中 1996・2・24