張作霖の書
張作霖は段祺瑞から奉天督軍兼東三省巡閲使に任命された。それから間もないある日、張作霖の日本人軍事顧問本庄繁が帰国するので、日本への記念を持って帰りたいと張作霖に申し出た。
張作霖は気前よく「ああいいよ、屋敷にはたくさん骨董がある、真珠、翡翠なんでも選び好きなものを持っていくがいい」と言った。
すると本庄繁は頭を振って笑い「閣下のご好意には感謝しますが、そういうものはいりません」と言った、張作霖はちょっと怪しむように「じゃあ何が欲しいのかね」と問い返すと、本庄繁は笑顔で「わたしは閣下の書が頂きたいのです」と答えた。
それを聞くと張作霖は心の中で 「本庄め、わしが書けないの知りながら、書が欲しいなどと、わしを困らせ恥じをかかせようとしているな」と不愉快になった、しかし自分の面目にもかかわるので、何食わぬ顔できっぱりと「よし、今日は忙しいから、明日取りに来てくれ」と言った。
本庄繁が帰ると、張作霖は早速、秘書と副官を呼びこの話をし、すぐいい言葉を考えさせた、張作霖はこれを覚え明日それを書けば威厳は保たれると思ったのである。秘書と副官たちは月並みな文では品がないし、深遠な文では将軍が理解せず笑われるかも知れないと、いろいろと考えた。
ちょうどその時、第五夫人が入って来て将軍に本庄繁は何しに来たのと聞くので、張作霖が第五夫人にことのあらましを話してやった。秘書がこれを見ていて、うまい言葉を思いつき筆をとって「睡臥美人腕 醒掌天下権」(臥しては美女の腕に眠り、目醒めては掌に天下を握る)と書いた。
張作霖はそれを見てから第五夫人に目をやり「ふざけているが、なかなか面白い」と笑った。第五夫人は目を丸くして人々をながめ、フンと怒ったようにしながら心をうきうきさせ、身を翻して部屋を出て行った。
翌日早く、本庄繁は軍営にやって来て「閣下の墨筆を頂きに来ました」と言った、張作霖は思惑通り、直ちに副官に硯、墨、筆、紙を持って来させ、すらすらとあの十文字を豪快に書いた、将軍はふと落款をと思い、文字の左下に“張作霖黒”と書いた。
居合わせた人々は慌てた、アッ、将軍は“墨”の字を“黒”と書いてしまった、みっともない、どうしようと人々は互いに顔を見合わせ、秘書は急いで将軍に目くばせしたが、張作霖は気がつかない。やっと副官の一人が“黒”の字を指して小声で「閣下、この“黒”の字は“墨”の字の間違いではありませんか“黒”の字の下に“土”を忘れておられます」と言った。これで張作霖はやっと自分の字の誤りに気がついたがもう引っ込みがつかない。
本庄繁が口髭を撫でニヤニヤしながらそばにいるので、人々を更にいらだたせた。すると張作霖はとっさに、怒ったように大声をあげ「ふざけるな、この馬鹿者!この中国の“土”を日本人に持たせて帰せるか」と怒鳴り、筆をとると、慌てずゆっくり“黒”の字の下に点を一つ書き、本庄繁を見て、ハハハと大声で笑った。
沈陽市巻上 1996・2・10