皇姑屯の伝説・二

 皇姑屯はむかし桂花屯と呼ばれ、数十戸の人家のほかはすべて林と草原であった。その頃、清の太祖老罕王努尓哈赤は何時も狩りをした。
 ある時、老罕王は一人で普段着のまま馬に乗り、狩りに出かけた、桂花屯で昼近くなり喉も渇き、腹も空いてきたので馬を木に繋ぎ、水を求めて村に入った。
 少し行くと家があり中から二十歳ほどの女が出て来て「あなたはどなたを尋ねているのですか」と聞いた、王は「わしは一人で狩りに来たのだが、喉が渇いたので水を貰いたい」と言った。すると女は王を家の中に案内し「あなた、お座りになってお待ちください、すぐお湯を沸かしますから」と言った。

 しばらくして湯が沸き、王は湯を飲みながら「お前さんは誰と住んでいるのかね」と聞くと、女は「夫婦二人です」と答え、老罕王がお腹を空かしていると見てすぐ「お腹が空いたでしょう、ご飯を作ってあげます」と言った。
 ご飯を食べおわると老罕王は女に「わしらは見も知らないのに、こんなにして貰ってどうしたらいいか」と礼を言った、すると女は「お礼なんて、外にいれば井戸や鍋を持っているわけじゃないから、ただの食事をしたくらいで遠慮はいりませんよ。もしわたしがお腹を空かしてあなたの家の前を通ったら、あなたも同じようにするでしょう」と言った。
 老罕王は心あたたまる優しい女だと嬉しくなって、一通の書面をしたため女に渡し「何時かこの書面を持って街にあるわしの家を必ず訪ねてくれ、門を通れなかったら、この書面で通れる」と言った、女はうなずいて書面を受け取った。
 ある日、夫婦は街へ出かけ、記された場所を探してみるとそれは老罕王の皇宮であった。門衛が書面を見ると努尓哈赤直筆の親書なので、直ちに二人は皇宮に招じ入れられた。努尓哈赤が出て来て初めて女はその人が老罕王であることを知り、ひざまずいて叩頭の礼をした。

 老罕王はたいそう喜び、夫婦に料理を出し、食べおわると老罕王は「お前たち二人はもう帰らずに宮中で暮らせ」と言った、すると女は「わたしたちは貧乏人で、貧しい暮らしで粗食に慣れておりますから、やはり帰るほうがいいです」と答えた。老罕王は「そうか、それでは今日からお前はわしの娘だ、暇な時にはちょくちょく来てくれ」と言い二人に多くの銀子を与えた。

 それから老罕王は常に桂花屯に家臣を遣わしては夫婦に品物を届けさせた。こうして長い間に人々はこの村に老罕王の皇女が住んでいるとわかり、ここを皇姑屯と呼ぶようになったのである。    

            沈陽市巻上                                      1996・2・7

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