張三の結婚

 王大肚子は小作人の張三に何度もやりこめられ、張三が憎くてしょうがない、何とか痛めつけてやろうと三日三晩考え、いいことを思いついた。
 王大肚子は張三を呼び、旅費に銀二両を渡し、娘婿である県の長官へ手紙を持たせた。

 張三は手紙を持って村を出ると一気に四十里ほど行き、道端の茶店で一休みして昼飯を食べてから茶店の親爺に「この手紙を読んでくれ」と頼んだ、親爺はそれが県の長官あての手紙なので嫌がると、張三は「ただとは言わない、銀一両だす」と銀貨を見せた。
 親爺は目を丸くし、焼酒で手紙の封を濡らして開き、ひろげて読むと『賢い婿よ聞いてくれ、手紙を持って行った張三を役所で三百叩きにして、わしの仇きをとってくれ』と書いてある。

 張三はこれを聞き王大肚子が自分をやっつけようとしているのだとわかり「親爺さん、俺が張三だが手紙を書き換えて俺を助けてくれ」と言った、親爺がしぶると張三は「ただとは言わない、もう一両だす」と言った。親爺が「何と書き換えるのだ」と聞くと「俺が言うから書いてくれ」と言って、手紙をこう書き換えた。『賢い婿よ聞いてくれ、手紙を持った張三に馬蹄銀三百両与え、召使いの女を娶らしてくれ』

 実は張三は惚れていた王家の女中の翠蓮が、一年前に王大肚子の娘が県の長官へ嫁ぐ時に召使いとして一緒に行ったので手紙をうまく書き換えたのだ。
 張三は役所に着いて手紙を渡すと長官は義父の手紙を見て、張三はきっと義父の大恩人なのだと思い、手紙の通り、馬蹄銀三百両を賞として与え、女中の翠蓮と娶せた。  

           沈陽市巻中                                     1995・12・2

<注> 
 清の五代皇帝雍正は康煕帝の遺詔「伝位十四子」の「十」の字に、横棒とハネを加え「伝位于四子」と書き換え、帝位を奪ったと云う(雍正は康煕帝の第四子…中国歴史文化事典)
 さて、昔話に継母に手紙を書き換えられて追われる『手なしむすめ』(岩波文庫グリム童話集1)『手なし娘』(岩波文庫日本の昔ばなしT)、旅僧に沼の主の手紙を書換えてもらい命を救われ長者となる『沼の主のつかい』(岩波文庫日本の昔ばなしU)などがある。
 中国の民間故事にも『失去双手的莫里根治』(目録8…379)『苦姑娘難中結縁』(目録9…486)がある。

 “手紙の書換え”の昔話はヨーロッパからアジアまで広く伝えられている。(日本昔話事典)

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