絵の中のロバ

 楊家鎮に夫婦の豆腐屋があった。若い頃から石臼を挽いて豆腐を作っていたが、六十を過ぎても家業はままならず、一頭のロバも買えなかった。年を取り爺婆になった夫婦は毎年正月になると線香をあげ、「天の神さま、地の神さま、わしら子どものない爺婆を哀れみください、大金は望みません、ただわしらの石臼挽きを助けてくれるロバが欲しいのです」とお願いした。
 年の暮れ、爺さんは町へ年画を探しに出かけ、ある店で、しっぽと頭、四本の足が白い黒毛のロバの絵を見つけた。“これはいい絵だ、本当に生きているようだ”と爺さんは“生きたロバが買えないから、この絵を買って我慢しよう”と考え、腰にさげた一文銭をだしてこのロバの絵を買うと、絵を巻いて家に持って帰り、部屋の土壁に掛けた。

 大晦日の晩、爺さん婆さんは、野菜を炒め、餃子を供えて福の神を迎え、婆さんは「爺さんや、年の暮れには宝絵を貼るものなのに、ロバの絵じゃ福の神は来ないよ」と言うと、爺さんは「それなら、婆さん線香をあげて、ロバさん出てきて臼を挽いておくれ」とお願いするといい」と冗談に言うと、婆さんはわざと洗濯棒を捧げ持ち、お線香をあげ、叩頭の礼の真似をして、「壁の絵や、絵のロバや、出てきておくれ」とふざけて唱えると、爺さんは婆さんの真似事をからかうように、続けて「ロバやロバや、わしらは正月六日に石臼を挽くから、どうかその日に出てきておくれ」と唱えた。

 正月六日がきて家々では爆竹を鳴らし始めた。婆さんは絵のロバに線香をあげて「さあ、今日はめでたい石臼の挽き初めの日だよ、どうか出てきておくれ」と拝んだ。
 すると絵のロバは目をパチパチ、口をパクパク、耳をピクピク、足をパカパカさせ一声いななくと絵から飛び出してきた。それからロバは毎日老夫婦が石臼を挽くのを手伝い挽きおわると、何も食べずに絵の中に戻った。人が一日に挽く豆は五升だが老夫婦は絵のロバの助けで五十升も豆を挽き、たちまち老夫婦の豆腐屋は繁盛してきた、町の豆腐屋、近所の人は不思議に思い、そっとのぞいたりして、だんだん老夫婦には不思議なロバがいて手伝っているのだとわかり、評判になって毎日おおぜいの人がこの不思議なロバを見に来た。

 楊家鎮の金持ちがこれを聞いて、この絵を手に入れ朝廷に献上すれば高官になり、金儲けになると考えた。ある日、金持ちは楊爺さんの家に行き「爺さんこの絵を売らないか」ともちかけた、爺さんが「売らないよ、わしは絵のロバに石臼を挽いて貰い、豆腐を作るのだから」と言うと、金持ちは笑って「死んだ蟹は泡をふかないが、この絵のロバは大金を出すぞ、この絵を売ってその金で土地と家を買えば爺さんは旦那になれるじゃないか、水の中の商売よりよっぽどましだろう、それにあんたたちも、もう年だ、金を儲け楽な暮らしをしたらどうだね」と言った。

 婆さんは心を動かし「あんた本当にわしらが暮らすに十分な金が出せるのかね」と聞いた。そして、金持ちがはじめに示した五百両が五千両になって話がつき、老夫婦も満足して絵をかたにする証文を書いた。証文を書いてから爺さんは手を伸ばして壁の絵を取ろうとすると、ロバは口を大きく開いて三回いななき空高く飛んで行ってしまった。老夫婦は金を受け取れず、ロバもいなくなって思わず大声で泣き出した。それはそうだ、ロバが優しい心で老夫婦を助けてやったのに、二人は恩知らずにも、臼を挽きおわったロバを殺すように、絵のロバを売り渡したのだから仕方がない。

 さて、老夫婦はまた石臼を抱えて豆を挽かねばならなくなったが、それは誰を恨めばいいのだろう。  

          薛天智故事選                                      1995・11・8

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