絵の中の町
どれほど昔かはっきりしないが、ある処に王柱という薪売りの男がいた。毎日朝早くから暗くなるまで薪を採っては売り、売っては薪を採り、一年中暇がないのだがそれでも一人が食べていくのは難しく、暮らしも先の見通しもない。
それに町が小さくて薪売りも多く、薪を買う人は少ないから薪の値段も安い。王柱はもう二十七八になるが、まだ両親が残した破れ小屋に住んでいて、所帯を持つにも貧乏がしみついた王柱の家では心配で嫁を世話しょうとする者もない。王柱は自分の膝を抱いて寝ればいいと一人ぼっちの貧乏暮らしをしていた。
ある年の暮れ、明日はかまど神の祭りという日に、なんとか数日中にがんばって薪をたくさん採って売り、年越しの金を稼ごうと考え、暗いうちから山に登って薪を伐り、日が上がるとすぐ薪を担いで市場に行って並べた、昼になって買い手がつき、顔を赤くして値段のかけひきをし、やっと十文で売り、金を懐にすると粉屋へ行って何斤かのとうもろこし粉を買おうと歩き出すと、前から枯れ枝のように痩せ、飢えて干からび黄ばんだ顔色をした老人が絵を手に持って「年画(正月に飾る絵)はいらんかね、年画はいらんかね、正月だよ、一枚買っておくれ」と力のない声を上げながら、王柱の前に来ると「兄さん、一枚買っておくれ」と哀願した。
「お爺さん、俺、金がないよ」 「お前さんさっき薪を売ったじゃないか」 王柱は右手で懐の金をおさえ「俺はこの金でとうもろこし粉を買うんだ」と言って行こうとすると老人は王柱を押さえて、「お若いお方、わしはもう三日も飲まず食わず、しょうがなくてこの絵を売りに来たんだ、人助けだと思って、この哀れな爺を助けておくれ」と言った。王柱は老人が可哀相になって、思い切りよく懐から五文だして老人に渡した。老人は喜んで金を懐にしまい絵を王柱に渡すと、王柱は手を振って「俺の家はぼろ屋で、絵を貼る所がないんだ、この絵はまた別の人に売ってくれ」と言った。
王柱はきっと老人も恩にきて喜ぶだろうと思っていると、老人は嬉しがらず反対にこわい顔をして「あんたはわしの絵を買い、わしはあんたの金を貰った、だからあんたはきちんとわしの絵をもって行ってくれ、ほかの人に売れと言われても、わしには暇がない、持って行ってくれ」と、絵を王柱に押しつけた。王柱は老人の態度が急に変わったので“おかしな爺さんだな、人の好意をふみつけにして、それなら持って行って寝床の壁に貼ってやるか”と思った。
大晦日の晩、王柱は飯を食べてから、床に横になって絵を見た。古い城下町の絵で、城の望楼、城門、城壁は本物そっくりである。王柱はこの城下町は俺らの県城の町より活気がありそうだと想像してみたが、残念ながら絵の城門はしっかり閉まっていて、なかの様子がどんなか分からない、しかしきっと自分らの町よりずっと賑やかだろうと思った。
王柱がそんな妄想にふけっていると、突如、絵の城門の扉がゆっくりと動いて開き始めた。扉が開くにつれて中が見えてきた。ホ−、なんとも賑やかな町だ、大きな建物がいくつもあり、商店は数えきれないほどある、人が往き来し、馬や車で混み合っている。一度あそこをブラブラしたら面白いだろうと思っていると、王柱は知らず知らず門から町の中に入っていた。町には二つの目では足りないくらい見るものがある。
店で売っている物、露店に並べられている物はどれも見たことのない物ばかりであった。町を行ったり来りする男も女もみな綺麗な物を着ていて、何もかにもいい物ばかりであった。一つだけ不思議なのはここの人たちが話しているのは一度も聞いたことがない言葉だった。
王柱は町の中に立って、東を見たり、西を見たりして目を見張った。食堂からは美味しそうな匂いが流れ、飲み屋からは酒の香りが漂っていた。王柱は腹の虫がのどもとまで上がって来て、そこに入って食べたいと思って懐を探ったが僅かな銅銭しかなく無理やり唾を飲むしかなかった。
王柱が向きを変えて歩き出そうとすると、後ろから肩を叩かれた、振り返って見るとあの絵を売りつけた貧乏爺さんだった、老人は嬉しそうに王柱に聞いた「お前さん、どうだね、この町は気に入ったかい」 「気に入りました、お爺さんまた会いましたね」 「縁があれば千里離れていても会え、縁がなければ、そばにいても会えないものだ、さあ一杯飲みに行こう」と言って王柱を連れて行こうとした。
王柱は尻ごみしながら、爺さんは俺より貧乏だ、きっと俺を連れて飲みに行き、うまい汁を吸おうとしているのだ。爺さんが腹一杯食べたり飲んだりして、酒代や料理代を要求されても断るわけにはいかないし金もない、すぐ「お爺さん、俺はもう腹一杯だから、こんどまたお伴しますよ」と言って逃げようとすると、老人は王柱をぐっと引き止め笑いながら「閻魔大王だって誰だって貧乏神は嫌いだが、人は何時までも貧乏じゃない、お前さん、今まで労せずして食べたことなかろう、飲み食いで騙すことはしない、今日はわしがご馳走するからお前さんは大船に乗った気でおいで」と言った。
これを聞いた王柱は恥ずかしくなって耳まで赤くなった。でも本気で“この前はあんなに貧乏だったのに、今日は俺をご馳走できるのかい”と聞きたかったが、老人の真面目な顔と得意そうな口ぶりをみて言い出せず、子兎を懐に抱いたように、ドキドキしながら思いきって老人について大きな料理屋に入った。
二人が料理屋の二階に上がり、いい席を選んで座るとすぐ、きちんとしたなりの若くキビキビした店員がニコニコと爺さんの前にきて品がきをみせると、爺さんは無造作にいくつかの料理を選んだ、店員は頭を下げかしこまって引き下がり、間もなく店員はいくつもの温かそうな料理と香りのいい酒を運んで来た。老人が料理をさしながら「あんた、遠慮はいらない、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでくれ」と言うと、もう長いよだれのでていた王柱はその言葉で遠慮会釈なくガツガツ食べ始め、またたくまに腹一杯になった。
王柱は老人に「ご馳走さまでした、有難うございました」と言うと、老人は嬉しそうな顔もせず「若いのに、どこでそんなお世辞を覚えたんだ」と言って立ち上がると窓を開き、「お前さん、下の夜景をみてごらん、本当に綺麗だから」と大きな声で言った。王柱は近寄って窓から顔をだすと、老人は腰を曲げ、王柱の両足をつかんで二階から落とした、王柱はアッと声を出した。
目を開けるとあの絵の中の城門は閉まっていた、今のは夢だったのか本当だったのかと考え、腹をさすってみるとお腹はパンパン、口には料理の食べ滓や酒の匂いが残っている、一体これはどういうことなんだ。
次の晩また床に横になって絵を見ながら、もしまたあそこへ行って食べられるといいがなと思っていると、絵はまるで王柱の気持ちが分かっているようにみるみる城門がまたゆっくりと開いた、王柱は思わずまた門をくぐった。
するとあの爺さんは楽しそうに料理屋の前で待っていて、王柱に何も言わせず料理屋の二階に連れて行った。
昨日と同じ席に座ると、あの店員がニコニコしながら来て、老人が品がきの料理をいくつか選ぶと、店員はかしこまって下がり、やがてまた酒と料理を運んで来た。王柱は老人に「あなたはどうしてわたしをこのようにご馳走してくださるのですか」と聞くと老人は「働き者にはいい報いがあるものさ、あんたはほんとうに珍しい若者だ」と答えた、王柱はいい加減にうなずき、またガツガツと腹のまるくなるまで飲んだり食べたりし、心の中で“ちょっと待てよ、爺さんが俺に下をみろといったら、今日は行かないで、昨日ように下に落とされないようにしよう”と考えていると、老人がニコニコしながら「見てご覧、階段を誰か上がって来るよ」と言った、王柱が振り返ると老人はまた腰を曲げ王柱を階段から下へ落とした。
王柱は目を覚まし、お腹をさすり唇をなめるとお腹は昨日より一杯で酒と料理の匂いは昨日より強かった。壁のあの絵の城門はまた閉まっていた、心の中で“あそこはいい処だが、爺さんは俺を簡単に外へ落とす、明日は爺さんに会ってこのことを聞いてみよう”と思った。
三日目に王柱は朝から食事のための火を起こさず、晩になるのを待っているとあの絵の城門がまた開いた、門を入ると老人は二日前のように機嫌よくはなかった、同じ料理屋の同じ席につくと、店員が来てまた酒と料理が運ばれたが前の二回のように沢山ではなかった。王柱が食べていると、老人は嘆くように「お前さん、ここで飢えを満たすことはできても飽食はできないよ、本分を忘れてはいけない」と言った。
王柱は一日中何も食べていなかったので、心は酒や料理にあり、老人の言葉はうるさいだけでよく聞きもしないで頭だけでウンウンとうなずいた。食べおわって老人に「また俺を落として帰さないでくれ、うまい料理もまずくなる」と言った。
老人は「今日はわしがあんたを送って行く」と言って王柱を連れて下へおりた、道に出ると老人は「この町の珍しい景色を見たいかね」と聞いた。「見たいです」 「わしについておいで」 王柱は好奇心が強く、よく考えずにすぐついて行った。ついた所は城壁の上で、ちょっと油断していると王柱はまた老人に上から下へ落とされ王柱は驚いて目を覚まし、爺さんはまた俺を騙したと恨んだ。
四日目の朝、俺には飲み食いさせてくれるいい所があるのに、なにも毎日薪を伐ったり売ったり苦労することはない、寝ていてできたての料理を待ったほうがましだと考え、寝たまま夜になるのを待っていた、じっと日の落ちるまで絵をあきるほど見ていた。見て、見て目が疲れるほど見て、お腹もグウグウいってきたが、城門はまるで千斤の堰のように動かない、夜が明け、日はすっかり昇っているのに、城門は僅かな隙間すら開かない、王柱は老人は出かけているのかもしれない、今晩もまた待ってみようと考えた。こうして王柱はぼうっと七日七晩待ったが城門は閉まったままであった。薪をとりに行かなければ飢えて死んでしまう、王柱はまた斧をさげ、天秤を担いで山へ出かけた。
薛天智故事選 1995・10・23